衆院選からあっという間に1週間。安倍晋三元首相の政権時から続いた「自民1強」を、前回2021年衆院選で就任直後の岸田文雄首相が引き継いだ、数字の上では盤石基盤だった体制がもろくも崩れ、自民党は少数与党に転落した。政治の世界では、権力は持てば強いが、失えばもろい。一気にもろくなってしまった権力を必死に守ろうともがきまくっているのが、今の自民党だと感じる。
そこで鍵を握り、一気に「時の人」となっているのが、選挙前の7議席が21増の28議席に4倍増となった国民民主党の代表、玉木雄一郎氏(55)だ。前回衆院選から533万票も比例票を減らした自民党と対照的に、国民は357万票も票を増やし、自民党批判票の大きな受け皿に。2017年衆院選前に野党分断のきっかけになった希望の党の代表を経て、最初に結成された国民民主党の代表になったのが2018年5月。小所帯時代から党の「顔」として活動してきた。
以前からSNSやYouTubeを駆使した発信を続けてきた玉木氏は、若いネット世代との親和性が強い。かつては、X(旧ツイッター)のプロフィルに「政界のユーチューバー」と記した。取り組みはなかなか野心的で、今年7月にはOpenAI社の対話型人工知能(AI)「チャットGPT」を使った「AIゆういちろう」を始め、規約上の理由で一時休止となったものの、話題になった。玉木氏を知る関係者は「よく『体を張る』と言うが、玉木さんは党のためなら『頭も体も張る』タイプの人」と話す。
思い出すのが5年前。最初の国民民主党結成後、初の国政選挙となった参院選で、玉木氏は当時自民党選挙遊説の聖地だった秋葉原に登場した。「機動戦士ガンダム」のアムロ・レイのコスプレ姿だった。政党代表のコスプレは見たことがなかったが、玉木氏は「自民党も若者を取り込む活動をしているが、そこは負けない。チームワークで頑張りたい」と述べた。子どもの頃は宇宙飛行士が夢だったと明かし、「アムロ、行きまーす」のパフォーマンスまでしていた。その時の選挙は改選前の議席から2減の6議席。2020年9月に現在の党の形になった後も、党勢拡大は思うように進まなかった。
「対決より解決」というこれまでの訴えが、裏金事件などで失われた自民党への批判票の受け皿に、一気になったのが現在地。そんな玉木氏は大学時代、十種競技の選手だった。東大陸上部時代に本格的に陸上を始め、最初は短距離の選手だったが主将に勧められて十種競技の選手になった。
東京五輪当時、玉木氏にインタビューした時、十種競技の魅力についてこう語っていた。
「1日目に100メートル、走り幅跳び、砲丸投げ、走り高跳び、400メートル、2日目に110メートルハードル、円盤投げ、棒高跳び、やり投げ、1500メートルを競技します。日本では競技人口もそう多くないですが『キング・オブ・アスリート』と呼ばれ、ヨーロッパでは選手がとても尊敬され、私もプライドを持ってやっていました」「早く走れるようになると幅跳びの記録も良くなり、助走のスピードがつくので棒高跳びも高く跳べる。『相乗効果』が出るんです。多くのことを効率よく同時にこなす力というのは、政治家という今の仕事にも役立っています」。
複数のことを同時にこなしながら結果を出すというフレーズは、今回の結果を受けて思い出した。まさに今、玉木氏が直面している立場ではないかと感じる。
なんとしても権力を守りたい自民党からのすり寄り、野党第1党の立憲民主党からは野党としての連携を呼びかけられる。どう立ち回ればいちばん存在感が発揮できるのか、同時に計算しなくてはならない局面だ。「103万円の壁」などの持論を達成するためとはいえ、自民党にすり寄る姿が露呈すれば衆院選での支持は離れるだろうし、他の野党の呼びかけに応じて一部になってしまっても、存在感を示せるかは見通せない。与党でも野党もない、ネガティブなイメージで語られる「ゆ党」という立場をどこまでポジティブに演出できるか、腕の見せどころとなっている。
衆院選前のインタビューでは「『正論パンチ』で困難を打ち破りたい」と話していた玉木氏。玉木氏の言うところの「正論」が、権力の握り方を熟知する自民党にどこまで通じるのか。体と頭を張る局面が日々続いていく。【中山知子】(ニッカンスポーツ・コム/社会コラム「取材備忘録」)