- 女子53キロ級決勝 五輪4連覇を逃した吉田沙保里は涙を拭いながら引き揚げる(撮影・菅敏)
「金メダルが取れなくて、ごめんなさい」。泣いて謝る吉田沙保里を見て胸が痛んだ。04年アテネ五輪の屈託のない笑顔を思い出したからだ。初採用された大会で頂点に立った22歳は「五輪の金メダルだけがなかった。これで全部そろいました」と笑った。12年前は自分のための金メダルだった。それが、いつの間にか「日本のため」に変わっていた。どんなに重荷だっただろう。
勝ち続けることは、勝つことより何倍も難しい。対策に研究を重ねるライバルたちの、半歩先を歩まなければならないからだ。常に進化が求められる。そんな中での世界大会16連勝。「霊長類最強」という人もいた。でも本当は彼女はいつも不安で、必死だったのだと思う。勝てば勝つほど強まる、勝って当然、負けるはずがないの期待に応えるために。
その重圧が吉田を迷わせたのかもしれない。負けを怖がっている。最近の彼女にそんな気配を感じていた。今年は五輪まで大会にも出場しなかった。リオの決勝では頭を低く下げて両手を突っ張る「吉田対策」に、身上のタックルを封じられたが、「最後は勝てるだろうと思っていた」と、王者の心もどこか守りに入っていたようだった。
強い者が勝つとは限らない。思わぬところに落とし穴がある。吉田の銀メダルは、苦難と不条理に満ちた私たちの人生の縮図を見ているようでもあった。そして、4連覇という偉業に向かって、その苦難に勇気を持って挑む吉田の姿は美しかった。そこに勝者も敗者もない。過去の3つの金メダルとともに、胸を張って語りつぐことができる銀メダルだと思う。
スタンドでは金メダルに笑った登坂絵莉が、泣きじゃくっていた。前夜の「吉田さんと一緒に金メダルを取るのが夢でした」は、予想もしない展開でついえた。どんなに頑張っても、強くても、想定外のことが起きる。それが五輪。金メダルよりも大きな教訓を、先輩が教えてくれたのだ。この光景を心に刻んで、東京で連覇を目指してほしい。
ふと、14年のソチ冬季五輪のショーン・ホワイト(米国)の言葉を思い出した。スノーボード男子ハーフパイプの絶対王者。五輪3連覇を誰もが信じていたが、決勝でミスを犯して4位に終わった。試合後、彼はサラリと言った。「今夜は、僕の夜じゃなかったね」。完全無欠の人間などいないのだ。吉田にだって、たまにはこんな夜もある。何しろもう14年も勝ち続けてきたのだから。【首藤正徳】