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一番の敗因は慢心、守備も攻撃も甘甘ずくめ/秋田豊

<キリンチャレンジ杯:日本1-4ベネズエラ>◇19日◇パナスタ

一番の敗因は、慢心だ。メンバー選考を含め、ベネズエラを甘く見すぎた。ドイツやブラジル相手なら、まず日本は守備から入る。徐々にテンポをつかんで、隙を見つける。しかしこの日は攻撃を優先させ、ふわっと入った。代表定着を試される選手のはずが、必死さを欠いた。失点を重ね、慣れたメンバーではなかったこともあり、立て直すこともできなかった。

日本対ベネズエラ 後半、相手にユニを引っ張られる中島(撮影・前田充)
日本対ベネズエラ 後半、相手にユニを引っ張られる中島(撮影・前田充)

甘甘ずくめ。中央DFのラインコントロールが甘かった。植田がラインを仕切ったが、ビルドアップがうまくいかず、ボランチとの間にスペースを作った。相手の滞空時間の長いクロスに対しての詰めが甘く、フリーでヘッドを許す。両サイドバックはペナルティーエリア内での寄せが甘く簡単にクロスを上げられたし、両サイドMFの戻りも甘く、守備時にも数的有利を作れなかった。

森保ジャパンで安定した力を見せていた中島も判断が鈍っていた。ボールを受けたら、まずはドリブルを仕掛けた。本来なら、パスとドリブルを織り交ぜて、選択肢を増やすのに「オレがなんとかしないと」という強い責任感に押しつぶされた感が強い。

ちょっとした救いは、後半にチームが変わったこと。畠中がすごい勢いでボールに迫ったし、原口は反則覚悟でプレッシャーをかけた。森保監督の修正がきいて、謙虚に相手と向き合った。この変化は、監督と選手の信頼から生まれるもの。ただ、この日の試合で代表定着をアピールできた選手がいなかったのは残念だ。(日刊スポーツ評論家)

 ◆秋田豊(あきた・ゆたか) 1970年8月6日、名古屋市生まれ。愛知高―愛知学院大を経て93年鹿島入り。4回のリーグ優勝などに貢献。98、02年W杯日本代表。名古屋、京都を経て07年に引退。10年京都、12年町田の監督を務める。J1通算391出場、23得点。

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