久保建英を強くする経験のない悔しさ/U20連載1

 サッカーのU-20(20歳以下)W杯韓国大会で、5大会ぶり出場の日本は、第一目標の1次リーグ突破を達成し、16強で大会を終えた。20年東京五輪でのメダル獲得を目指す世代が、“中間発表”と言える今大会で何を得たのか。現地で取材した記者が、見たこと、聞いたこと、思ったことを3回連載でお届けする。第1回は飛び級選出だったFW久保建英(15=東京ユース)の挑戦。悔しさが大きな収穫となった。

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 韓国での2週間、練習場での久保の表情は笑顔が印象的だった。よく話していたMF遠藤やMF板倉は「慣れすぎて、最近なめられていると思うこともありますよ(笑い)」と、どこかうれしそうに明かしていた。練習後のピッチでは、ストレッチをする遠藤に向かって久保がコロコロとボールを蹴るなどして、ふざけ合う姿がなごやかだった。

 内山篤監督から「特別ではない。戦力になるから呼んでいる」と期待された15歳は、その実力を目の当たりにした先輩たちから、すぐに信頼を勝ち取った。攻撃の組み立てを担ったMF市丸は「あんなにやりやすい選手おらへん。どこに出してほしいかが分かる。今までで一番出しやすい選手」と、驚きをもって賛辞を送った。日を追うごとに、久保が実戦練習で出すかけ声が大きくなっていった。

 高校生になったばかりで、年代では大学生の選手のチームに入ってすぐに溶け込むことは簡単ではない。内山監督が「見えない疲れやプレッシャーもあったと思う」と話す口調には、15歳への気遣いもにじんだ。U-20W杯韓国大会を目指して発足したチームの活動期間は約2年半。そのうち久保が同行したのはわずか約半年だった。「最初はなんで俺なんだろうと思った」という昨年12月のアルゼンチン遠征から始まって、5月31日のW杯韓国大会からの帰国時には「もっとこのチームで試合がしたかった」と、先輩たちに囲まれた時間を惜しんでいた。

 決勝トーナメント1回戦のベネズエラ戦後、久保は最後まで引きつった表情だった。「ふがいない」「期待に応えられなかった」。バルセロナ下部組織で活躍し、国内でも飛び級参加を重ねてきただけに感じたこのがない悔しさだったかもしれない。ただ、15歳で大きな期待を背負った経験は久保にしか手にできない財産だ。「もっともっと努力したい」とかみしめるように話した。3年後の東京五輪で、再び日の丸を背負う姿を期待してやまない。【岡崎悠利】

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