北京オリンピック(五輪)のフィギュアスケート競技が20日のエキシビションで幕を閉じる。男子4位の羽生結弦(27=ANA)は3連覇こそ逃したが、挑んだクワッドアクセル(4回転半ジャンプ)が世界初認定された。20年、早大人間科学部(通信教育課程)の卒業論文で取り組んだジャンプ解析を生かした。フィギュアの人工知能(AI)採点導入も提言。スノーボードやショートトラックなど採点や判定にミスが出た今大会と、今後のスポーツ界の向上にも通じる研究の一端を紹介する。
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新型コロナウイルス感染症が拡大した20年9月、羽生は早大を卒業した。拠点のカナダにいた18年10月から卒業研究ゼミが開始。フィギュアスケートの動作解析を目的に、身体にセンサーを着けて動きを記録するモーションキャプチャ技術研究の第一人者である西村昭治教授に師事した。渡航制限を受け、仙台に拠点を移した同年3月から7月末にかけて研究に没頭した。卒業論文「フィギュアスケートにおけるモーションキャプチャ技術の活用と将来展望」を書き上げている。
13年春に入学。前年秋の入学試験のオンライン面接官だった西村教授は回想する。ソチ五輪前年のロシア杯の会場からで「試合直後でまだ息が荒い状態でしたが、しっかりした受け答えに驚いた」。入学後はオンデマンド授業を受け、国際大会を転戦する飛行機内などで課題を提出。必修科目の単位を取り終え、西村ゼミに入ることを希望した。
4年前の平昌五輪期間中に西村教授が、くも膜下出血で倒れた。羽生は信頼する同教授の回復を待つ。ゼミの開始を半年後に遅らせて18年10月から研究を進めた。最終的には原稿用紙75枚分に当たる約3万字の卒論を書き、西村教授は「平均の2倍以上で卒論の域を超えている」と称賛した。
「モーションキャプチャ技術による分析」の項では最大31個まで装着できるセンサーを「大変なので普通は18個ほど」(西村教授)という中、羽生は31個すべて自らに装着して3回転半などのジャンプを跳んだ。靴と氷の関係性、踏み切りまでの予備動作など多角的に分析。「跳ぶ瞬間までの動作データは極めて良い精度で取れた」と満足。羽生が夢の4回転半の成功に向けて好影響も出たという。
冬季五輪2連覇王者として、大局も見ていた。論文内でジャッジの将来について一石を投じた。技術に関し「高難度化が著しく進んでおり、審判員がわずか1秒以内に行われるジャンプを正確に判断することは至難。審判員の負担も計り知れない」と気遣いを忘れず「この卒研データを生かすことで判定のサポートになるのではないか」と人工知能(AI)導入も視野に入れた。「研究目的が自分のためだけではないところが羽生さんらしかった」と西村氏。20年8月2日にあった卒論発表会(口頭試問)を「15分の持ち時間をフルに使った素晴らしい発表でした」と振り返っている。
今大会、スノーボード男子ハーフパイプの平野歩夢が採点に関して声を上げて話題になった。金メダルを獲得したものの2回目の演技に関し、審判が正確に点数化できなかった。競技も基礎点などの採点方法も違うため単純比較はできないが、フィギュア界の将来を思う羽生の考えは通じる。
羽生は20年12月の取材時に、卒業論文について「考え得る限りの研究をしたので、自分の練習にもつながるし、何よりルールが分かりやすくなるかな」と語った。AI採点などで競技発展に貢献する思いが強く「いずれ現役を退いてプロになって指導者になった時、切り開く材料になれば」とも将来を見据えてもいる。
実際、論文の中では「ジャンプの種類の判定や跳ぶまでの細かい減点対象、目では追い切れないものや判断基準が人間で違うものも数値化し、基準を作ることは可能ではないか。ISUなどの機関が有力国の強化選手のデータ収集を義務付ければステップ、スピンなどの技術的な判定も完全にできる」と提言した。3連覇こそ逃したが、北京五輪までの過程は色あせない。4年に1度の五輪を通じて発展するスポーツに、羽生の発想が生かされる日も遠くなさそうだ。【木下淳】