<スキー・ジャンプ 1998年長野五輪団体金 原田雅彦(46)>
五輪が終わるといつもこの後に何が残るのか? と考えてしまう。自国開催の五輪の盛り上がりは、他のどの五輪よりもすごい。98年の長野五輪の時もそうでしたが、国民が興奮していて日本で五輪が行われているんだという高揚感をすごく感じましたね。やっている方は無我夢中でしたけど…。
長野五輪でも五輪後のことが問題になりました。施設も、選手強化もそこで何もかもが終わってしまうんです。結局、その後の施設維持に困ったとか、ジャンプ競技がその後、低迷したとか…。五輪で使用した施設で使っていないものが、夏も冬もいっぱいあります。長野・白馬のジャンプ台も老朽化してぎりぎり。その間、世界のジャンプ台はどんどん進化していきました。東京五輪は、先を見据えた五輪になってほしいんです。造ったものを、どう後世に伝えていけるか。
国立競技場も、ほとんど一般の人は使えないですよね。国立と聞けばすごくハードルが高く聞こえるけど、メダルが生まれた競技場で、子どもたちが走ってリアルに感じられたらすてきだと思います。もうジャンプ台でジャンプしかできない時代では、だめだと思うんです。例えば、複合施設的なもの。韓国なんかはジャンプ台の下にサッカー場があったりします。夏冬問わず、新しく造る施設は、多くの国民が使用できるように用途を広くして、人が集まってそこから何かを生み出せるようにしていかないと。
施設が「レガシー」(遺産)なら人もまたそうです。五輪で活躍しても指導者になってその技術を伝えるという環境が少ない。五輪経験者でも指導者になれる人はごくわずかで、メダリストだって普通に働いています。日本では、選手がずっとヒーローではいられない。そうなると子どもたちも夢が見られなくなってしまいます。「人間=財産」の考え方を、スポーツ界に定着させるきっかけになってほしい。
東京五輪は、そういったことを国全体で考えられるような五輪になってほしい。夏冬は関係ない。日本のスポーツが、より成熟していけるきっかけになってくれればと思っています。
(2015年02月18日東京本社版掲載)
【注】年齢、記録などは本紙掲載時。