<プロボクシング 元WBC世界ライトフライ級王者 木村悠(33)>
五輪にはほろ苦い思い出があります。法大1年の02年、アマチュアボクシングの全日本選手権で優勝して、04年アテネ五輪の強化指定選手に選ばれました。夢だった五輪出場が現実味を帯びてきたのですが、03年の国内選考会で負けて出場を逃しました。しかも、日本人で唯一出場したのが、僕に勝った五十嵐俊幸くん(後のWBC世界フライ級王者)。負けた後も、僕は彼の練習相手として合宿に呼ばれました。もどかしく、悔しかったですね。
法大卒業後は自分の力を試したくてプロに転向しました。ボクシング1本の生活で世界王者になるつもりでしたが、6戦目に初敗北を喫して自分の甘さを痛感しました。その頃、たまたま大学の友人たちと会ったら、社会人として人間的にすごく成長していた。自分もそういう環境に身を置くことで何かを変えられると思い、専門商社に入社してボクシングとの二足のわらじの生活を始めました。
サラリーマンになって感じたのは、1人で仕事はできないということ。多くの人の協力があって仕事は回っている。ボクシングでもジムのスタッフや応援してくれる人など大勢に支えられてリングに立っていることに気づきました。それからはみんなのために頑張りたいという思いが、自分を奮い立たせてくれました。
おかげで15年11月に世界王座を獲得することができました。今でも仕事をしていなければ世界王者にはなれなかったと思っています。昨年3月に初防衛戦で敗れて引退しました。今年から都内にある健康事業を手がけるFiNCという会社でアスリートを支援する事業に携わっています。環境サポートやセカンドキャリアへ向けた教育プログラムなどに力を入れています。
日本では引退後に輝きを失う元選手が少なくない。だから、スポーツが注目される20年東京五輪を契機に、引退後も活躍する元選手が出てほしいと思っています。スポーツとは別の分野で活躍する元選手が増えれば、それを目標にする選手が出てくる。そうなれば選手のやる気はさらに高まり、日本も元気になっていくと思います。
(2017年5月24日東京本社版掲載)
【注】年齢、記録などは本紙掲載時。