スノーボード女子スロープスタイル予選が、強風で中止になった。12人で争う予定だった12日の決勝には全27選手が出場する。「コース状況が悪かったので中止でよかった」とは金メダル候補の鬼塚雅の弁。アルペンスキー男子滑降も延期された。新聞も紙面構成を大幅に見直さなければならず、気まぐれな天候が恨めしい。

 この自然との格闘が『雪と氷の祭典』と呼ばれる冬季五輪の醍醐味(だいごみ)でもある。選手は雪や風、霧といった人の力ではどうすることもできない過酷な気象条件と向き合い、駆け引きをしながら戦う。しかし、いくら肉体を鍛錬し、技を磨いても、決して征服することはできない。だから時に天のいたずらが起きる。

 思い出すのは84年のサラエボ大会。スピードスケート男子500メートル決勝は、前夜からの雪が降りやまず、スタートが5時間半も遅れ、前年の世界スプリント覇者で金メダル最有力の黒岩彰は10位と惨敗した。彼は一切言い訳をしなかったが、降り続く雪が、研ぎすました集中を冷ましたのかもしれない。このレースで天の女神に好かれたのが無印の北沢欣浩。銀メダルに誰もが驚いた。

 自然はドラマを演出してもくれる。98年の長野大会ジャンプ団体戦も大粒の雪と霧に見舞われた。ふつうなら中止となる悪条件。1本目4位で折り返した日本は、2本目に岡部孝信と原田雅彦がバッケンレコードに並ぶ大ジャンプを跳んで、大逆転で金メダルを手にした。1本目に失敗した原田が、強い雪と風に抗うようにどこまでも飛んでいく姿は、人々の感動をさらに大きなものにした。

 考えてみれば、雪や氷といった自然の恵みがあるからこそ、冬季五輪を開催できるのだ。美しい記憶でドラマを胸に刻むことができるのだ。科学技術の進歩が著しい時代になっても、天候に右往左往する開催地の様子は昔と変わらない。人間の力などまだまだちっぽけだと教えてくれているようでもある。【首藤正徳】


長野五輪ジャンプ団体で金メダルを獲得し笑顔の左から斎藤、岡部、原田、船木(1998年2月17日撮影)
長野五輪ジャンプ団体で金メダルを獲得し笑顔の左から斎藤、岡部、原田、船木(1998年2月17日撮影)