16日のフィギュアスケート男子ショートプログラムには30人が出場した。羽生結弦の圧巻の演技に心を揺さぶられた一方で、常夏の国、マレーシアから初出場した20歳のイー・ジージエのガッツポーズも心に残った。夢の舞台でトリプルアクセルを見事に決めて25位。上位24人に与えられるフリー出場権はあと一歩で逃したが、母国に新たな歴史を刻んだ自己ベストの演技に満足そうだった。

男子SPで演技を見せるジュリアン・イー・ジージエ(AP)
男子SPで演技を見せるジュリアン・イー・ジージエ(AP)

 1年半前にカナダに拠点を移すまで、ずっと地元の商業施設に併設された小さなスケートリンクで練習してきたという。日本人が羽生の演技を誇らしい気持ちで見ていたように、マレーシアの人たちもまた、同じ思いでイーの演技に声援を送っていたに違いない。夢に向かって挑戦するひたむきな姿は、レベルを超越して、人に感動と勇気を与えてくれるのだ。

 2000年シドニー大会で競泳男子100メートル自由形に出場したムサンバニ選手を思い出した。アフリカの赤道ギニアに与えられた特別枠で8カ月前に代表に指名され、母国で最も長い17メートルのホテルのプールで泳いできた。五輪では50メートルプールを溺れそうになりながら泳ぎ切った。タイムは優勝記録の2倍以上も遅かったが、会場は大きな拍手に包まれた。彼は私に五輪がエリートだけの大会ではないことを思い出させてくれた。

 平昌大会には東南アジアやアフリカなどから6カ国が初出場した。近年は雪や氷と無縁の国の選手も増えてきた。この日、氷点下の開会式で上半身裸でトンガの旗手を務めたタウファトフアが、ノルディックスキー距離男子15キロを滑り切る姿を見て、何だかうれしくなった。彼らの懸命な姿は、大切なのは勝つことではなく、努力することなのだということをあらためて教えてくれる。

ノルディックスキー距離男子15キロに出場したトンガのタウファトフア(AP)
ノルディックスキー距離男子15キロに出場したトンガのタウファトフア(AP)

 ふと、小学生の時に国語の教科書で読んだ、「ゼッケン67」という話の記憶がよみがえってきた。64年東京五輪の陸上1万メートルで、セイロン(現在のスリランカ)のカルナナンダ選手が、他の選手がゴールした後、たった1人で残り3周を完走した実話である。最初は嘲笑していた会場が、最後は大歓声に包まれたという。

 当時の教科書に載っている彼のレース後のコメントを40数年ぶりに読んで、何とも泣けてきた。「国には小さなむすめがひとりいる。そのむすめが大きくなったら、おとうさんは東京オリンピックで、負けても最後までがんばって走ったと、教えてやるんだ」。【首藤正徳】