19日付日刊スポーツ本紙の社会面に、北朝鮮の金正恩朝鮮労働党委員長の妹・金与正氏ら一行が、ピョンチャン五輪参加をきっかけに12年ぶりに訪韓したことに対し、揺れる韓国国民というテーマの特集が掲載された。今回の「直撃!冬季五輪」は、その番外編として、日本人の記者である自分が、韓国と北朝鮮の問題というセンシティブな問題を、韓国の人々に直撃した時の裏話、思い、感じたことを紹介したい。
記者は11日に、取材の拠点を置く江陵(カンヌン)から、三池淵(サムジヨン)管弦楽団が公演を行ったソウル市内の国立劇場に向かった。公演中、国立劇場に至る坂道の下の大きな交差点では、激しいデモが行われていた。公演自体への反対、対話路線を重視して北朝鮮を招いた文在寅大統領への痛烈な批判に加え、「金正恩を暗殺したら懸賞金1億ドル」と書かれたちらしもばらまかれた。
一方、公演を直に見た19歳の劇場職員の女性は、「公演を開催して良かったと思う。私は、まだ若いけれど…統一したら、北朝鮮の危険は減ると思っています」と統一に前向きだった。北朝鮮が核ミサイル開発を続けることに恐怖はないかと聞くと「(戦争を)やっちゃったら、お互いにつぶれるんだからやらないでしょ。北とはお互いに、ゆっくり話し合いをすればいいと思う。デモ活動? 反対するのも自由だし、放っておけばいい」と答えた。正反対の反応に、統一という問題の複雑さを感じた。
3日後の14日には、アイスホッケー女子1次リーグ・日本対コリア戦が行われた、江陵の関東ホッケーセンターに足を運んだ。ソウルでのデモ運動を念頭に、何らかの騒動が発生することも想定していた。現場には入場待ちの長蛇の列ができ、大学生とみられる団体が国旗の太極旗と統一旗を配り、ムードはいい意味で高まっていた。
コリアは1-4で敗れたが、日本から歴史的な大会初ゴールを奪い、韓国人の観客の顔からは笑みがあふれた。韓国メディアの取材に、うれし涙を浮かべる年配の女性の姿もあった。その中、「われらは1つ」、「平和五輪OK」のボードを掲げる2人の男性がいた。日本のスポーツ新聞の記者であることを説明した上で、取材を依頼しOKをもらった。男性の1人は輸出業を営む50代で、世界70カ国で仕事をしているといい「統一を願い、応援しに来た。一緒になったら、互いの弱点を補え、力が強くなる」と力説した。
男性に「北朝鮮が核ミサイル開発を続ける限り、国際社会の中で孤立を深めるだろう。文在寅大統が、北朝鮮の“ほほえみ外交”に、いいようにされているとの批判もあるが?」と聞くと「北は自分の国を守るために核ミサイルを開発しているだけ。米国も対話する努力をしないとダメだし、文大統領のやり方を支持する」と答えた。
さらに「日本と米国は、北朝鮮が非核化に進まない限り、最大限の圧力をかけるよう国際社会に訴えるだろうし、文在寅大統領は難しいかじ取りを強いられるのでは?」とたずねた。すると「日本のスポーツ新聞の記者なんだろう? なぜ、そんなに政治に深く食い込んだ質問を繰り返すんだ? 目的は何だ? 政治的な問題だけに、こちらの発言が日本でねじ曲げられて伝わってしまわないか不安だ。きちんと真っすぐに伝えてくれると約束してくれない限り、これ以上、話すのは難しい」と言われた。
男性には、日本の政治家に取材した際も同じように警戒されたことがあると説明した上で「日本人の記者に、韓国と北朝鮮の関係、歴史を理解することなど出来ないでしょう。でも、僕はあなた方の問題に真剣に向き合って取材したいんです」と訴えた。すると「私の言ったことを、正しく伝えてくれるなら話す。米国も、北と対話する意思を持って平和的に解決する方向にいければいいと思っています」と語った。
さらに「三池淵管弦楽団ソウル公演の際、激しいデモが行われていた。韓国国民の中でも、統一に関して意見は真っ二つに分かれているのでは?」と聞くと「反対しているのは少数派。ただ、それを意見として認めるのが大韓民国の民主主義です」と言い、ようやく笑みを浮かべた。
男性の取材を終えると、試合前に配られた統一旗の残りを箱に詰め、後片付けして引き上げようとする大学生の一団を見かけた。「統一旗はどこが制作し、誰が何の目的で配ったんですか?」と質問した。一部の男子学生が振り返り、1度は答えるそぶりを見せたが、日本のメディアだと言うと「よく分からない」と言い、足早に立ち去った。韓国と北朝鮮の問題を尋ねる記者の母国・日本と韓国との間にも政治、歴史で問題が横たわっているのだと感じずにはいられなかった。
複雑な思いを抱えていたが、羽生結弦(23=ANA)が66年ぶりの連覇を成し遂げたフィギュアスケート男子個人フリーの会場・江陵アイスアリーナの運営を担当する朴栄洙さん(63)を取材し、心が救われた思いがした。朴さんは観客の8割が日本人だと語った上で「羽生選手のすばらしい演技に、私はすっかりファンになりました。観客もマナーが良く、トイレに長蛇の列ができても真っすぐで乱れない」と日本人をたたえた。「日本と韓国の間には歴史的な問題がある。どう思うか?」と聞くと、こう答えた。
朴さん 政治の上では見解の相違、問題がありますが心は通じている…平昌五輪と今日の試合で私は、そう感じています。隣の国同士の我々は、顔だって、こんなに似ている。語り合えば、もっと通じ合えると思うし、私はそうしたい。
日本にも、いろいろな考えを持った人がいる。どのように受け止められるかは分からない…でも、聞いたことを、とにかく伝えたい…現場で、そう思う自分がいた。【村上幸将】
- フィギュアスケート男子個人フリーの日本人観客の多さに驚き、喜ぶボランティアの朴栄洙さん(撮影・村上幸将)