平昌五輪(ピョンチャンオリンピック)の開催地・江陵(カンヌン)が今、熱い。羽生結弦(23=ANA)が17日、江陵アイスアリーナでフィギュアスケート男子個人66年ぶりの連覇を成し遂げた。翌18日には小平奈緒(31=相沢病院)も、江陵スピードスケート競技場で行われた女子500メートルで、スピードスケート日本女子初の金メダルを獲得した。

 江陵は日本の食卓でもおなじみの豆腐の、韓国有数の名産地として知られる。韓国の豆腐「純豆腐(スンドゥブ)」は、唐辛子ベースの辛いスープを入れた鍋で熱々に煮て、汗をかきながら食べる「スンドゥブチゲ」が日本でも知られるが、江陵で作られる「草堂(チョダン)スンドゥブ」は、日本人がイメージするものとは少々、趣が異なる。

 草堂スンドゥブは、約400年前の李氏朝鮮時代後期に、両選手が栄冠を勝ち取った競技場も見える距離にある鏡浦湖(キョンポホ)付近の草堂地区で暮らす貴族階級の両班(リャンバン)が作ったと言われている。日本では豆乳ににがりを入れ、固めて豆腐を作るが、草堂スンドゥブは鏡浦湖の前に広がる、江陵湾の海水を豆乳に加えて作る。

 取材の合間を縫い、スンドゥブを作る店が集まった草堂スンドゥブ村の「故郷山川草堂スンドゥブ」を訪ねた。村の中でも少し離れたところにある同店は、薪で豆乳を炊いてスンドゥブを作る村で唯一の店だ。人気俳優のイ・ビョンホンも訪れ、KBSの人気番組「6時 僕のふるさと」でも紹介された人気店だ。

 早速、豆腐食膳鍋定食を注文した。日本の豆腐チゲそっくりな真っ赤な豆腐鍋と、四角い豆腐、水の中に浮かんだおぼろ豆腐のような豆腐に、日本のおからにあたるホンビジをはじめ、肉野菜炒め、魚の煮付けなど全10品のおかずとご飯で、1人前1万3000ウォン(約1300円)。ランチ価格ではなく、朝から晩までこの値段という、実にお得な価格設定だ。

 まず、おぼろ豆腐のような豆腐を、薬味はあえて入れずに、そのまま口に入れると…柔らかい。真綿のような食感で、口の中で溶けてしまった。大豆の味が濃く、まろやかで甘い。四角い豆腐も、豆の味がしっかりして、甘い。鍋も、見た目は日本で食べる豆腐チゲと煮ているが、それほど辛くない。豆腐そのものの味を楽しめる程度の辛味だ。

 店長の崔明順(チェ・ミョンスン)さんが豆腐作りで忙しいため、妻の崔成男(チェ・ソンナン)さんに豆腐の作り方を聞くと「材料は豆と海水だけ。工場で作る豆腐には添加物が入っているけれど、手作りの伝統にこだわっています」と胸を張った。明順さんが早朝から店の裏で薪を割って火をおこし、大きな鉄鍋で豆乳を炊き、最後に海水を入れる。その日、提供する分の豆腐しか作らない。

 原材料の大豆は江陵に近い地域、遠くても江陵が属する行政区・江原道(カンウォンド)産のものにこだわる。ちょうど今が旬で、豆腐も1番おいしいという。大豆を機械ですりつぶし、絞った豆乳を炊くが、薪で炊くことでガスとは比べものにならない柔らかさが実現できるという。

 海水は、昔は江陵湾から自由にくんで使っていたが、今は江陵市が指定した区域の、水質検査を厳重に行った海水しか使ってはいけない決まりになっている。おかずに使う野菜も、崔さんの両親が作った取れたてで、まさに「地産地消」の文字を地でいく店だ。

 草堂スンドゥブ村は、発祥当時からの製法を守り続ける店が多数、集まって70年代に発生し、徐々に今の形になっていったが、出来た要因は朝鮮戦争だという。地元の男性の多くが兵士として駆り出されて戦死してしまったため、残された女性は子どもを育てるために、地域の名産の草堂スンドゥブを昔ながらの製法で作り、市場で売って生計を立てるしかなかった。それが、韓国有数のグルメスポットのルーツだ。

 故郷山川草堂スンドゥブは元々、明順さんの両親が自宅で豆腐を作って売る豆腐製造・販売業だったが、近くにあった江陵原州大の学生が豆腐がうまいと聞き付けて足を運び、酒を持ち込んで店で飲み始めたので、机と椅子を置いて飲食スペースを設けた。次第に集まる学生も増え、飲食スペースを拡大。94年に製造業から今の飲食店に業態を変え、99年から明順さんが父の後を継いだという。

 江陵はもともと観光地だが、平昌五輪に向けて高速鉄道KTXで仁川空港から江陵までを結ぶ、KTX京江線ができた。成男さんも「観光客は増えましたね」と実感しており、草堂スンドゥブが海外の観光客に知られる機会も増えると思いきや、大会終了後は仁川空港からのKTXの直通運行はなくなるという。

 これだけおいしい豆腐を、首都ソウルや海外などでチェーン展開すれば受けるのでは? と聞くと、成男さんは「そんなことしたら、豆を薪で炊くことが出来なくなってしまいますから」と一笑に付した。そして「作り方は教えますよ。隠すことなど、何もないですから。これまでに3人が作り方を教えて欲しいというので、ただで教えました」と、あっけらかんと言った。弟子入りしたうち、2人は近隣、もう1人は江原道の隣の行政区・京畿道(キョンギド)で豆腐店を営んでいるが、のれんわけしたという意識もない。

 「草堂で伝統の作り方と自分たちの技術、創意工夫、努力を貫かない限り、誰にもこの味は出せない」という確固たる自信は、全てを注ぎ込み、五輪でメダルを獲得したアスリートと何ら変わりない。唯一の味・スンドゥブを味わいに草堂に足を運ぶ価値は間違いなくある。【村上幸将】

故郷山川草堂スンドゥブの豆腐食膳鍋定食につく副菜(撮影・村上幸将)
故郷山川草堂スンドゥブの豆腐食膳鍋定食につく副菜(撮影・村上幸将)