届け金メダル、天国の母へ-。レスリング女子58キロ級の伊調馨(32=ALSOK)は、決勝でワレリア・コブロワゾロボワ(23=ロシア)と対戦。残り3秒から3-2で逆転勝ちし、4大会連続優勝を決めた。女子選手の個人種目4連覇は、すべての競技を通じて史上初。一昨年11月に母トシさん(享年65)を亡くし、五輪のプレッシャーと闘いながら金メダルを手にした。48キロ級は登坂絵莉(22)、69キロ級は土性沙羅(21)がいずれも逆転で金メダルを獲得した。
「絶対女王が負ける」。誰もがそう思った瞬間だった。残り10秒、伊調は相手のタックルを受けた。こらえながら「最後のチャンス」にかけた。巧みに背後に回り、残り3秒で2ポイントを獲得。3-2の劇的逆転での4連覇達成に、会場は興奮に包まれた。世界選手権と合わせて14回目の世界一。「金メダルをとれて、ホッとしています」と話した。
伊調らしい破壊的な攻撃は見られなかった。初戦の2回戦から、なかなか技が出なかった。守る相手に、慎重になった。緊張もした。「今回は、戦うことが怖いと思った」と明かした。苦しんだ末に得た金メダルを手にして「前のメダルより重い気がする」と言った。
04年アテネ大会と08年北京大会は3歳上の姉千春さん(34)や2歳上の吉田沙保里(33)らと一緒で「甘えん坊だった」と言う。12年ロンドン大会はレスリングを極めることに没頭して「楽しかった」と話す。今回は初めて「結果にこだわる」と言って迎えた五輪。極度の緊張に襲われた。
14年11月、母トシさんが急死した。北京五輪後「もっと試合が見たい」と話し「また五輪に応援に行く」とロンドン五輪後に言った母。最期をみとり、一日中泣いた。勝負に厳しく「試合には必ず勝たないと」と繰り返していた母のため、金メダルを誓った。
「今日ほど天井を見上げた五輪はない。『金メダルをとるから、いい試合をするから』と母にしゃべりかけた」と伊調。試合後にはスタンドに駆け寄り、遺影を受け取った。千春さんの手を額に当て、号泣した。「決勝の前には、手のひらを合わせてきた。今まで1度もなかったのに」と千春さんは妹を思って言った。
決して満足のいく内容ではなかった。しかし、こだわった結果は出た。自己採点は30点。「金メダルが25点、あとは5点」と、いつもより高く評価しながらも「金メダルは満足しているけれど、レスリング選手としては出直して来いという感じ」と厳しく言った。
決勝前、田南部コーチに「最後の打ち込みだ」と言われて準備した。試合後にはマットに一礼した。「レスリングは好きなので、練習はしたい」と言いながらも「1つの区切り。しばらくは、ゆっくりしたい」。圧倒的な力で勝ち続けてきた女王は、1人の女性の顔に戻って言った。【荻島弘一】
◆夏季五輪の連覇
個人種目では4が最多で、5人目の伊調が女子では世界初。今大会では競泳男子200メートル個人メドレーのフェルプス(米国)が4人目の4連覇を達成した。団体を含めた個人の夏連覇は、フェンシング男子サーブル団体でアラダール・ゲレビッチ(ハンガリー)が32年から60年で記録した6が最多。