【河内家菊水丸】オンリーワン河内音頭芸人の夢 地元・大阪万博で「万博音頭」実現へ

コロナが落ち着いて、もっとも喜んでいる芸人は河内家菊水丸(61)かもしれません。盆踊りといえば人が密集するイベントで、コロナ禍ではまるで仕事になりませんでした。「ようやく9割5分まで回復しました」と、稼ぎ時の7、8月にはフル回転の構え。来年には大阪・関西万博が控えており「50年来の夢」がいよいよ目前に。菊水丸は、かつてない興奮を覚えています。

お笑い

大阪・関西万博で河内音頭を披露する日が待ち遠しい河内家菊水丸(撮影・三宅敏)

大阪・関西万博で河内音頭を披露する日が待ち遠しい河内家菊水丸(撮影・三宅敏)

◆河内家菊水丸(かわちや・きくすいまる) 1963年(昭38)2月14日生まれ、大阪府八尾市出身。72年、父・河内家菊水に入門。グリコ・森永事件、阪神タイガース日本一などの時事ネタから「新聞詠み」を行い、話題に。91年、CMソング「カーキン音頭」が全国的にヒット。芸能全般の資料関係を約5万点収集するコレクターでもある。「河内家菊水丸 ダイナミック盆踊りツアー2024」のスケジュールは、菊水丸オフィシャルブログで発表している。

6・30出陣式

菊水丸の主戦場は夏であり、屋外の櫓(やぐら)。雨が降れば客足が鈍くなり、下手すればイベント中止にも。それが河内音頭に生きる男の宿命ではあるが、コロナには手も足も出なかった。

2020年、21年と自粛生活が続き、大半の盆踊りが中止に追い込まれた。

菊水丸おととし(22年)で、やっとコロナ前の4割ほどでしたか。去年、今年となんとか盆踊りも平常に戻ってきました。おかげさまで今年は9割5分まで回復しました。我々は7月8月に仕事が集中する季節労働者ですから、この時期になると気持ちが高ぶってきます。

17歳で初舞台。以来、吉本でただ一人の音頭取り、河内音頭芸人として毎年、夏にはフル回転してきた。6月30日には、恒例の出陣式が大阪市内で行われる。

菊水丸怖いのは雨です。昔は夕立といって、急にザーッと強い雨が降って、しばらくしたらパッと上がって。それなりの風情もあったんですが、今は予想できないタイミングで、ものすごい勢いで降ってきます。

地球温暖化でしょうか。もし、このまま暑くなって、一年中ずっと夏になったら、冬でも関係なく盆踊りできるのかも、と喜んだこともありましたけど…(笑い)。やっぱり四季があってこその日本ですね。

70年大阪万博は小1 初めてのグラタン

1970年(昭45)の大阪万博。小学1年生だった菊水丸少年には、忘れられない思い出がある。

母親に連れられて、アメリカ館では4時間並んで月の石を目撃した。イタリア館のレストランでは、生まれて初めて「グラタン」なる食べ物を口にした。

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エンタメ

三宅敏Satoshi Miyake

Osaka

大阪市生まれ。1981年に日刊スポーツ入社。
主に芸能ニュース、社会ニュースの記者・デスクを務める。
2011年に早期退職制度で退社。その後は遊んで暮らしていたが、2022年から記者として復帰。吉本のお笑い芸人などを取材している。
好きなものは猫、サッカー、麻雀、ゴルフ。身長171センチ。