プロ3年目、スペイン生活11年目となるMF中井卓大(20)は、住み慣れたマドリードを初めて離れ、今季からスペイン北部で新たな戦いに挑んでいる。
■創設100年目へ2部昇格が使命
レアル・マドリードから1年間の期限付き移籍で加入したS.D.アモレビエタは、バスク州ビスカヤ県アモレビエタ=エチャノを本拠地とする3部のクラブだ。来年1月4日に創設100年目を迎えるため、是が非でも2部昇格を成し遂げてクラブの節目を祝いたいはず。中井はその歴史的に重要な節目に居合わせることになった。
アモレビエタ=エチャノと同じバスク州ではまた、久保建英がサン・セバスティアンを拠点とする1部レアル・ソシエダード、橋本拳人がかつて乾貴士(清水エスパルス)や武藤嘉紀(ヴィッセル神戸)が所属した2部エイバルでプレーしている。
サン・セバスティアン、エイバル、アモレビエタ=エチャノの3都市は、エウスコトレンというローカル線で移動できるため、タイミングが合えば、短期間で日本人3選手の試合を梯子することも可能となるだろう。
試合日程次第だが、例えば土曜日にRソシエダード戦を観戦した後、日曜日にアモレビエタの試合を訪れることも可能だ。1時間に1本程度のローカル線でサン・セバスティアンを出発した場合、雨の多いバスク州らしい木々が生い茂る風景を通り抜け、閑静な住宅街のアモレビエタ=エチャノまで80キロの道のりを2時間強で到着できる。
■アットホームな雰囲気のクラブ
中井の主戦場、アモレビエタのホームスタジアムは「カンポ・ムニシパル・ウリチェ」。収容人数は1331人で、屋根付きのメインスタンド以外は座席がなく、街の中心から10分ほど坂道を登ったところにある。試合当日は1本道をサポーターが列を作って歩いていくため、初めてでも迷うことはないだろう。試合後にはサポーターがピッチに傾れ込み、選手たちを取り囲んでコミュニケーションを取る風景が見られるなど、街に根付いたアットホームな雰囲気のクラブだ。
近年アモレビエタは大成功を収めており、21-22年シーズンにクラブ史上初の2部昇格を達成した。翌年の降格後、わずか1年で復帰を果たすも、昨季の2部を19位で終え、再び3部に落ちている。
今季3度目の2部昇格を目指すチームは、これまでスペインの世代別代表を率いていたビルバオのレジェンド、フレン・ゲレーロ(※現役時代、ビルバオ一筋でプレーしたワンクラブマン)の招聘(へい)に成功した。チームは予算の問題もあり、昨季から大幅にメンバーを刷新。トップチームに登録されている21人のうち、キャプテンを務める24歳のGKウナイ・マリーノ以外の20人が新加入だ(15人がフリー、5人が期限付き移籍)。20歳の中井はこの中では若手となる。
アモレビエタには中井と旧知の選手が何人か一緒に加入した。DFカマーチョとFWエルビアスは昨季、ラヨ・マハダオンダでチームメート。監督の息子MFフレン・ジョン・ゲレーロは中井より一学年下ながら、Rマドリードの下部組織時代、飛び級で数年間一緒にプレーしている。
■監督の信頼厚く8試合連続先発
中井はプロカテゴリーになってからの2年間、今季と同じように3部でプレーしながらも大いに苦しんだ。初年度のレアル・マドリード・カスティージャでは、予想以上に主力が残留したことで出場はわずか2試合(先発なし)のみ。2年目のラヨ・マハダオンダでは、加入の遅れやプレシーズンにほとんど参加できなかったことによるコンディション不良、実戦から遠ざかっていたことなどが響き、19試合(先発5試合)だった。
プロ3チーム目となった今季は状況が一転したようだ。ゲレーロ監督から声をかけてもらったことが加入の決め手になったと話す中井は、プレシーズン初日からチームに参加できたことも功を奏し、リーグ開幕からここまで全8試合に先発出場中だ。
監督から「アンカーでボール失わず、チームを左右に動かして、ゲームメーカーになってほしい」との要望を受けている通り、ワンボランチやダブルボランチ、左サイドハーフで起用され、中盤でプレーの幅を広げている。
■献身的なプレーで質の高い選手
他の選手が持ち場を離れ、度々バランスが崩れてしまうことがある中、無理に前に行くことなく中盤で構えてスペースを埋め、パスを散らし、守備ではDF陣の前で体を張っている。このような献身的なプレーが認められ、現地では質の高い選手と見なされており、大敗した試合においても低評価されていない。
しかし、8試合を消化した現在、1勝2分け5敗の勝ち点5、降格圏内の19位(20チーム中)とチームは不振にあえいでいる。得点はわずか4でリーグワーストタイ、13失点は2番目に悪い数字である。
ゲレーロ監督は就任してから、まだ手探り状態でチームを作っている段階にあるようだ。ベースは4-2-3-1だが、開幕から結果が出ていないため試行錯誤を繰り返し、4-2-3-1、4-4-2、4-3-3、4-5-1とさまざまなシステムを試している。
しかし、ほとんど全員が初顔合わせで、まったく別のチームに変貌したことを考慮すると、連携不足が目立ち、監督がベストの布陣を見いだすのに時間がかかっているのは致し方ないことかもしれない。
リーグ戦は38試合のうち8試合が終わったばかりだ。今季の目標について中井は「2部昇格はもちろんだが、今は1試合1試合に勝つことを大事にしないと」と語っているように、少しずつ勝ち点を積み重ねて現状を変え、順位を上げていくことが重要となるだろう。
監督に全幅の信頼を寄せられている中井がこの後、“ゲームメーカー”として新生アモレビエタをどう動かしていくのだろうか。チームとともに大きな飛躍を遂げることを期待したい。
【高橋智行】(ニッカンスポーツコム/サッカーコラム「スペイン発サッカー紀行」)