<世界陸上:目覚めよニッポン>
日本が誇る求道者たちがいる。04年アテネ五輪金メダリストの男子ハンマー投げの室伏広治(36=ミズノ)、09年世界選手権ベルリン大会銅メダリストのやり投げの村上幸史(31=スズキ浜松AC)だ。室伏は昨年のランキングで世界1位に就き、村上は今季に入って自己記録を2度更新した。30歳を超えたベテランたちはどうして進化を続けられるのか。2人の取り組み、言葉を重ねると、投てきアスリートとしての哲学が見えた。
95年のイエーテボリ大会から数え、室伏は7度目の世界選手権を迎えた。昨年は80メートル99の記録で世界ランク1位に輝き、健在ぶりをアピール。36歳となった今も世界のトップレベルを維持する。2年前からは新たな取り組みを始めた。理学療法士ロバート大橋氏の助言を受け、筋力だけに頼らず、体の内的な機能を高めることで自己記録(84メートル86)の更新を狙う。
室伏
もとから筋力を鍛えたり、ということだけでは遠くへ投げられない。僕にはやはり海外の選手との差を埋めることはできない。力の差も大きいし、この競技で日本人として金メダルを取るということは、不可能だったと思う。
鉄人と呼ばれる男も、パワーの差を痛感している。だからこそ動作をより自然にスムーズに行えるように正すことで、筋力の衰えとは逆に進化できる。
室伏
日常の中で動き方に問題がある人間が同じことをしようとしても、同じように再現はできない。正常な状態で投げることを繰り返すことで、いい投てきが「再現」できると思う。
室伏から飛び出した言葉は「再現」だった。はからずも、村上がやり投げで掲げるテーマもまた「再現力」だ。その村上は今季、進化が止まらない。昨年は10試合に出場し、80メートル超えは半分の5試合。それが今季は出場5試合すべてで80メートル超え。7月のアジア選手権で83メートル27の自己記録を更新すると、今月の国体愛媛県予選で83メートル53とさらに塗り替えた。
村上
体の使い方を分かってきたことが大きいと思う。助走、クロス、投げというつながりができるようになった。やりと気持ちが一致するようになり、80メートルを超えるイメージがより明確になった。
ここで村上の言う「気持ち」は、精神面のことではない。新たな取り組みで世界に挑む室伏が残した言葉と、くしくも重なった。
室伏
筋肉って2つあって、保持するところと動くところが常にある。全部動くわけじゃない。保持するところが動いたり、また、その逆になると運動って正確に行われない。それを指令するのが「ソフトウエア」ってことです。神経系とか。ですから、そういうのが正しくできると、どんなスポーツをやっても大成できるんじゃないですかね。
投てきは力任せに投げる競技ではない。鍛えられた肉体、それを指令する神経が密接に絡み合うことで距離は伸びる。それが進化である。学術的な面から、そして競技経験を経て両者はその感覚をつかんだ。村上は以前、こう話した。「やりっていうのは(投てきで)一番軽いものですから、砲丸とか円盤に比べて海外と差がないと思う。もっと日本の選手がやっていかなきゃいけない技術がある」。求道者たちが進むべき道は、まだまだ終わらない。【佐藤隆志】(おわり)