<世界陸上>◇29日◇男子ハンマー投げ決勝◇韓国・大邱スタジアム

 男子ハンマー投げの室伏広治(36=ミズノ)が、金メダルでロンドン切符をつかんだ。3投目と5投目に81メートル24をマークし、クリスチャン・パルシュ(ハンガリー)を6センチ上回った。36歳325日での優勝は、99年セビリア大会でマラソンを制したアベル・アントン(スペイン)を17日上回り、男子選手としては最年長記録。日本選手の金メダルは97年の鈴木博美(女子マラソン)以来14年ぶり4人目で、マラソン以外では初の快挙。04年アテネ五輪に続く金メダルを手にした室伏は、日本陸上界最多タイの4大会連続五輪出場も内定させた。

 2位につけるパルシュの最終6投目。力のこもったビッグアーチが大邱の夜空へと舞った。80メートルラインを越えた。会場はどよめき、そして静寂に包まれる。表示された記録は81メートル18。わずか6センチ差だ。再び大歓声。この瞬間、室伏の金メダルが決まった。大きな手拍子が起こる中、そして最後の一投も80メートル83。6投中5本を80メートル台にまとめる圧倒的な強さを見せつけた。

 サークル後方のスタンドで見守った父重信氏(65)とがっちり握手。グスタフソン・コーチから日の丸の旗を手渡された。1枚は6月に訪れた被災地、石巻市立門脇中学から届けられた寄せ書きだ。そしてもう1枚を手に取ると、マントのように羽織ってトラック1周のウイニングラン。04年アテネ五輪は、上位選手のドーピング違反による繰り上がりの優勝だった。今回は正真正銘、自力で手にした金メダルだった。

 室伏

 前半で記録を出せたのが勝因。ただ、ただ、うれしい。みなさんのサポート、応援があったおかげです。海外メディアからは「今度は郵送じゃなくて(金メダルを)もらえるね」と言われました。

 今季は5月のゴールデンGP川崎、日本選手権に出場し、シーズンベストは78メートル70止まり。決勝に進出した選手では8番目。それがふたを開けてみれば、強さを見せつけての優勝だ。「本番は8月ですから。そこにピークを持っていけばいい」。2年前から理学療法士のロバート・オオハシ氏のもと、本格的な体幹トレーニングに励む。故障の原因につながる筋力を鍛えることより、立ったり、座ったりする「ファンダメンタル(基礎運動)」の機能を高めることで、競技力を向上。その取り組みが、36歳325日という年齢での金メダルにつながった。

 室伏にとってハンマー投げは、もはや哲学だ。「日常の中で動き方に問題がある人間が同じことをしようとしても、同じように再現はできない。正常な状態で投げることはできない。繰り返すことで、またいい投てきができる」。そんな言葉の裏にあるのは、「アジアの鉄人」父重信氏の存在にほかならない。

 その父は、この日もスタンドでビデオを回した。海外メディアの質問に「父がいなかったら今の自分はいない。同じオリンピアンである父から影響を受けた。いろんなことを教えてくれた父に、ありがとうと言いたい」。重信氏が自らの持つ日本記録を最後に更新したのは39歳。来年のロンドン五輪時に37歳となる室伏にとって、その歩みは尊敬する父への挑戦でもある。

 日本陸連の条件とした「8位入賞で参加A標準記録(78メートル00)の突破」をクリアし、4大会連続の五輪も決めた。ロンドン切符を知らされると「本当ですか、もう投げなくていいんですか。来年もこれ以上投げられるよう、しっかり準備します」。世界の鉄人は、ちゃめっ気たっぷりに笑顔を振りまいた。【佐藤隆志】