地方の小さなチームが、日本一に手が届く強豪へと変貌を遂げつつある。
バスケットボール男子Bリーグが佳境を迎える。レギュラーシーズンを終え、年間王者を決めるプレーオフのチャンピオンシップが開幕。上位8チームが争う中で、初出場を果たしたのが1部(B1)西地区2位の島根スサノオマジック。初の日本一を目指し、14日の準々決勝(2戦先勝、松江市総合体育館)で東地区3位のアルバルク東京と対戦する。
かつては報酬の支払いすらままならなかったチームの快進撃。背景には3年前に経営権を取得した大企業「バンダイナムコ」の支えがあった。
■島根の市民チームとして参入 2部行ったり来たり
地元のバスケット愛好者による草の根活動がきっかけで、市民チームとして10年よりプロリーグに参入。以前のプロリーグのbjリーグを経て、Bリーグ加入後も1度も上位争いに絡んだことがないどころか、2部(B2)に行ったり来たりの成績を重ねてきた。
しかし昨季リーグMVPで東京五輪日本代表の金丸晃輔(33)や安藤誓哉(29)らを獲得。戦力を大幅に向上させ、勢力図を大きく塗り替えた。
■「熱い思い聞いて」移籍 塗り替えた勢力図
チームを主将としてけん引する安藤は「スサノオマジックに携わる多くの人たちの熱い思いを聞いて、このチームで優勝を目指したいと思った」と移籍を決意した。
リーグ屈指の得点力を誇る金丸は、移籍の理由に「新しい挑戦をしたかった」ことを挙げ、「最後まであきらめない精神面」にチームの成長を感じる。
チームがB2にいた頃から在籍する阿部諒(27)は、2人の日本代表選手らが加入した効果について、「試合中にうまくいかない時も全員で乗り越えられるようになった」。大型補強により、底力が増したことを実感している。
■東京に本社置くバンダイナムコが全面支援
クラブを全面的にバックアップするのが、19年8月に経営権を取得したバンダイナムコエンターテインメント社。テレビゲームのパックマンなどでおなじみの大企業が親会社となり、チームの経営基盤は大きく安定した。着実な成長曲線を描きながら、3シーズン目に大きく花開こうとしている。
バンダイナムコエンターテインメント社は東京都港区に本社を置く。同社の宮河恭夫社長(65)は東京都出身。島根とは直接の関わりがなさそうな同社が、松江市を本拠地とするバスケットボールチームをサポートするのはなぜか。
■完成されたチームに我々が入る意味感じなかった
宮河社長は「スマートフォンや家庭用ゲームを中心に事業展開してきた当社にとって、ゲーム以外のエンターテインメントにどう手を広げていけるかがテーマだった」と振り返る。
スポーツ事業には大きな世界があると魅力を感じていた。音楽ライブなどのイベントで培ったノウハウを最大限に生かせそうだと思ったのがプロバスケットボールだった。
国内で2つに分裂していたリーグを統合して16年秋から始まったBリーグは、すでにいくつものクラブが存在する。大きなマーケットを見込める大都市圏の強豪ではなく、山陰の小さなクラブを選んだことにも理由があった。
「すでに完成されたチームに我々が入ることには意味を感じなかった。チームや地元の方たちと一緒になってやっていくことが自分たちの役目と思っている」
■地域に愛される素晴らしいチーム 一緒に変化を
今年1月2、3日に松江市総合体育館で行われた名古屋ダイヤモンドドルフィンズ戦は、バンダイナムコエンターテインメント社の冠試合として開催された。
ハーフタイムには場内の大型モニターで、看板選手たちが同社の人気ゲーム「太鼓の達人」をプレーして対決する様子を放映。場内のキッチンカーではパックマンをあしらった洋菓子を販売するなど、趣向を凝らしてファンをもてなした。
同社出身で、21年4月からクラブ代表を務める田中快CEO(50)は、「会場をテーマパークにしたい」と力を込める。
「バンダイナムコエンターテインメントの存在は、スサノオマジックが変化するきっかけになればと思ってはいるけれど、きっかけにしかすぎない。そもそもの土壌として、地域に愛される素晴らしいチームがあったことが何より大きい。一緒に変化していければ」
■チームの存在は「島根の誇り」とファン
変わりゆく部分がある一方で、クラブのトップに立つ者として不変の哲学も持つ。それは「チームは一企業のものではない」ということ。「じゃあ誰のものかといえば、ファンのもの。ファンに愛されるチームをつくりたい」
親会社の冠試合として行われた1月2日の試合会場には、チームカラーの青いシャツ姿でメガホンをたたく年配の男性ファン(70)の姿があった。観戦歴は約3年だそうで、「能力のある選手が集まるようになり、応援のしがいが増した」と目を細める。
bjリーグ時代から応援しているという20代の姉妹は、追加発売された立ち見席券をなんとか入手して生観戦。栄養士の姉(22)は「強くなってチケットが取りづらくなった」とチームの人気上昇ぶりを実感。大学生の妹(20)は、チームの親会社から松江市に贈呈された大型モニターを見つめ、「あの画面が設置されて見やすくなった」。地元育ちの2人はスサノオマジックの存在について、「島根の誇り」と声をそろえる。
■地方の子に、ここで生まれたくなかったと言わせたくなかった
スサノオマジックに長らく携わってきた人間は、バンダイナムコエンターテインメントのバックアップをどう受け止めているか。
bjリーグ参入前からクラブの運営に奮闘してきた中村律(しん)COO(最高執行責任者=53)は、経営支援オファーを受けたときは「驚きしかなかった」と振り返る。
松江市で生まれ育ち、島根大に通った。生粋の地元人である中村COOは、大阪や東京での勤務を経て、縁あってスサノオマジックの運営に携わることになった。
地元を愛する者として抱き続けてきたのが、地方の子どもたちのチャンスロス(機会損失)をなくしたいとの思いだ。遊び場、進学先、就職先。あらゆる面で選択肢が無数に存在する都会の子に比べ、地方の子が選べる幅は限られている。「地方の子に、ここで生まれたくなかったと言わせたくなかった」。それは現在の職業に転じた理由の1つでもあった。
■かつては報酬支払いに頭悩ませた日々
しかし、かつては「来週の支払いをどうしようかと頭を悩ませることもあった。当時のbjリーグは、大半のクラブがそういう状態だったと思う」と打ち明ける。選手や社員にはなんとか報酬や給料を出せても、役員には行き渡らないような時代もあったという。
その後、Bリーグへの参入が認められたが、bjリーグ時代に比べ、財政基盤など求められる規模が段違いに大きくなった。「なんとかアジャストしていたけれど、経営的に行き詰まり感があった」と正直に明かす。だからこそ大企業からの申し出は驚きであり、ありがたかった。周囲も含め拒否反応は一切なかった。
■獲得へ口説き文句「島根の子供たちの目の色を変えて欲しい」
バスケファンを驚かせた今季前の大補強。金丸、安藤という国内トップ選手の獲得に踏み切ったのは「バスケ界をリードする日本選手に島根に来てもらい、一緒になって勝利を重ねることで、地方の子供たちに『自分も頑張ればこうなれる』という成功事例を示したかった」。
2人のスタープレーヤーへの口説き文句は「島根の子供たちの目の色を変えて欲しい」だったと照れ笑いを浮かべて明かす。
日本一の座はもう夢物語ではなくなってきた中で、いま島根の子どもたちの目は変わっているのか。中村COOは大きくうなずいた。
「自信にあふれています」
地元の子どもたちの目をさらに輝かせるべく、チームが目指すは頂点。決戦のトーナメントが幕を開ける。(一部敬称略)【奥岡幹浩】