<第87回箱根駅伝>◇2日◇往路◇東京-箱根(5区間108キロ)
怪物が泣いた!
山登りの5区(23・4キロ)で東洋大の「新・山の神」柏原竜二(3年)が、3年連続の大逆転劇でチームを5時間29分50秒の新記録での往路3連覇に導いた。首位早大と2分54秒差の3位でタスキを受けると、16キロ過ぎにトップに立ち、2位早大に27秒差をつけてゴールテープを切った。1時間17分53秒は自身の区間記録に45秒及ばなかったものの、今季は不振で苦しんだ怪物が、箱根の山で完全復活。ゴール後に倒れるほどの激走で、表彰式では感極まって涙を流した。史上6校目の3連覇も見えてきた。
何も覚えていなかった。それだけ出し尽くした。右手を力強く握りゴールした瞬間、柏原はその場に倒れ込んだ。仲間に抱えられて救護室へ。3年目で初めての経験だった。「途中で手がしびれて気持ちが弱くなった。でも、みんながゴールで待っているんだと思って走れた。気付いたら寝かされていて…」。目覚めた瞬間、目の前に仲間がいた。「やったぞ、田中っ!」。チームメートの名前を叫んだ。「このチームで本当に良かった」と、人目もはばからずに泣いた。そこに怪物の素顔があった。
今季は不振にあえぎ、結果を残せなかった。ライバル校は山登り対策に力を入れてきた。スタート前は不安が募った。だが同学年の田中から「楽しめよ」とメールが届いた。「すごく苦しかったことを思い出したら『こんな23・4キロ、何とかなる』と楽になった」。攻める自分の走りを思い出した。10分前、酒井監督に電話で伝えた。「つぶれるか、行けるか、どっちかです。覚悟しておいてください」。
首位早大と2分54秒差の3位でタスキを受けた。意を決して飛ばした。6・7キロすぎに前を行く東海大の早川を抜いた。10キロ地点のタイムは昨年を26秒も上回った。それでも早大は見えない。折れそうになる心を声援が支えてくれた。「縮まっているよ!」。昨年「ゆっくり走れ!」とやじられた沿道の声が、背中を押してくれた。
16・5キロすぎに早大・猪俣に追いつき、振り切った。前半のハイペースがたたって終盤に失速。だが、22秒差に縮められた差をもう1度広げた。「いっぱいいっぱいの中で、彼の意地です」と酒井監督。昨年より45秒遅かったが「この1年を考えたら、ここまで走れたことが不思議です」と、怪物は笑った。
昨年の箱根後、インターネットの書き込みが「心」を狂わせた。首位明大を抜いた時、相手の余力を見るために顔を何度も見た。それを「にらんだ」とされた。ガッツポーズには「嫌みだ」と書かれた。もともと目立つことが嫌いな性格。心が傷ついた。2月の右ひざ痛の影響で練習不足となり、体も崩れた。
昨年8月、福島・いわき市に帰り、母校いわき総合高の合宿に参加した。そこで恩師佐藤修一監督に諭された。「高校生と走って苦しい顔を見せろ。隣でハーハー言うのは恥ずかしいだろうが、それをしなきゃ始まらないんじゃないか?」。それが転機になった。「1回泥くささを見せれば、何回見せても同じ」。10日間、泥にまみれて吹っ切れた。11月後半からは半月で約800キロを走破した。
4区間で早大に負けながら、1人で逆転してみせた。そんな柏原を昨年「てんぐ」とたとえた酒井監督は「今年は人間でしたね」と笑った。仲間を信じて泥くさく、人間くさく走り抜いた。その先に復活の光があった。【今村健人】