冬の風物詩、高校サッカーの季節がやってくる。多くの少年が全国の檜舞台に憧れ、強豪校の門を叩く。しかし、その夢の舞台にたどり着けるのはごく少数だ。厳しい競争があるのはもちろんのこと、環境に合わず自ら去る者も多くいる。
ただ退部したから終わりでなく、違う形でサッカーはやり直せる。クラブユースという選択肢。そんな少年たちの受け皿となり、未来に向けて着々と足場を固めていくチームがある。
■森一哉監督は高校時代2冠
東京葛飾区を拠点とする南葛SC(以下、南葛)。世界的な人気漫画「キャプテン翼」の作者・高橋陽一氏がオーナーを務め、将来のJリーグ入りを目指している話題のクラブだ。
トップチームは関東社会人リーグ1部に所属し、今季から川崎フロンターレ、名古屋グランパスを指揮した風間八宏氏が監督に就任。JFL、その先のJリーグを目指して強化が進む。そのトップチームに歩調を合わせるように、ユースチームへの注目度も高まっている。
南葛ユースとはどんなチームなのか? 部活動から転籍した少年たちのリアルな姿も含めて紹介したい。
創設2年目とあって高校1、2年生が中心で3年生は5人だけ、総勢28人のメンバーがいる。指導するのは森一哉監督(50)。風間監督のもと川崎F、名古屋でヘッドコーチを務めていた人物である。
高校時代は四国の強豪・徳島市立で全日本ユース、インターハイと2度の日本一に輝き、日本高校選抜にも入った名MF。勉学にも励み慶応大を卒業している文武両道の人だ。
■高校年代の壮大ピラミッド
2種(高校年代)の現行方式を簡単に説明しておくと、東西2地区に分かれたプレミアリーグ(各12チーム、合計24チーム)を頂点とし、北海道、東北、関東、北信越、東海、関西、中国、四国、九州の9地区によるプリンスリーグ(地域によって2部制)、その下には都道府県リーグという壮大なピラミッドが構築されている。
東京都には現在4部構成のT1~4リーグがあり、その下に地区トップリーグ、地区リーグと続く。南葛ユースは、その地区リーグから上を見据えている。来年から地区トップリーグがT5へと再編されるが、まずはそのT5昇格を目指す戦いの途上にある。
T1に上がるにしても最短でも5~6年かかる計算だが、森監督は「なかなかそう簡単にはいきませんよ」と笑う。「高校生なので結果だけでなく、人としてどう成長させるか、そのプロセスを大事にしています」と話した。
サッカースタイルはトップチーム同様、キャプテン翼のクラブだけに「ボールは友達」がコンセプト。ボールを大事に持って、主導権を握るスタイルへと指導している。
サッカー少年にとって、高校サッカーへの憧れは依然として根強い。南葛が将来のJクラブを目指しているとはいえ、新しいクラブもあって、中学から直接ここを目指してくるのは少数派だ。
だが2年目を迎えた今季、少しずつ変化が起きている。強豪校を中退した選手がちらほらと入ってくるようになった。それはどんな経緯からなのか、実際に3人の選手に話を聞いた。
■上下関係が自分に合わない
1人目は17歳の川島君(仮名)。落ち着いた雰囲気を持つ。中学時代はJクラブのジュニアユースに所属していた。セレクションに合格し、全国選手権で優勝実績のある強豪高校へと進学した。
同期部員は40人超。仲は良く、コーチも優しかったという。しかし「先輩1人1人にあいさつしていくとか、そんな上下関係が自分には合っていないと感じました。何があったというわけではないけれど…」。1年が過ぎたところで思い切って退部し、今年5月に学校もやめて戻ってきた。
どうして南葛ユースを?
「仲介してくれる方がいて、その人が『こういうのがあるよ』って紹介してくれました。自分がやってきたのとはまた違うサッカー。高校サッカーの指導と森さんの指導は違う。止める、蹴るとか、プレーを言葉として分かりやすく説明してくれる。ただ求められるレベルはとても難しい。だからできたらうれしい」
今は通信制の高校に通いながら、再びサッカーに熱中している。将来の夢は「トップチームに上がってプロになりたい」。
■今までとは違う生活が壁に
2人目は17歳の吉田君(仮名)。明るい性格。高校からはJクラブのアカデミーへ入りたかったが、希望したクラブに入れそうで入れなかった。セレクションに合格し、川島君と同じ強豪高校に進学した。
高校を辞めた理由を問うと「学校、サッカー、寮生活と、今までとは違う生活が壁になりました。我慢することが多く、気を遣うことばかりでした」と振り返った。
なぜ南葛ユースへ?
「知り合いがいて紹介してもらいました。できたばかりでサッカーのレベルはまだまだですけど、サッカーが楽しくやれています。森さんの指導には『そういう考えがあるんだ』というものが多い」
クラブに入って初めて川島君がいることに気づいたという。思いがけぬ同期との再会となった。
「部活は勝つサッカーでしたけど、クラブは個人の育成があり、森さんから『こうすればこうなるよ』という具体的な指導があり、うまくなれる気がする。サッカーをやり直せる喜びもありました」
将来は南葛のトップチームへの昇格が一つの目標ではあるが、自分に合うクラブで好きなサッカーを続けていきたいと考えている。
■プレースタイルが合わない
3人目は16歳の小田君(仮名)。180センチを越える長身。今年4月、全国選手権の常連校でU-18年代最高峰のプレミアリーグに所属する高校に入学したが、夏に退学した。
その高校を選んだ理由は?
「ディフェンダーなので守備の強いチームを選びました。それと内気な性格なので、寮生活で知らない人と接することでそれを直したかった」
なぜやめたのか?
「事前にどういうチームか聞いていましたが、実際に行ってみたらプレースタイルが合わなかった。他の強いチームはビルドアップをするが、ここはロングボールを蹴ってルーズボールを拾うというサッカーだった。カテゴリーが変わるとコーチも変わっていくけど、前へ蹴ることが多くて2、3年生になってもうまくならないのではと思った。自分はもっと技術を磨きたかった。同級生にやめると言ったら驚かれました」
1年生を対象とした国体候補にも選ばれていた。退部を伝えるとスタッフから強く慰留されたという。しかし意思は固かった。関東に戻ればいろんなクラブユースがあることも分かっていたし、南葛の存在も知っていた。
「自ら連絡してチームに入れてもらいました。少人数だから全員に目がいくのがいい。森さんは1人1人に分かりやすく教えてくれます」
今は通信制高校で学び、規則正しい生活をするよう心がけている。卒業後は大学に進学したいと考えている。
■自分の活躍する場所を探す
「高校中退」と文字にすれば、挫折感が色濃く刻まれる。だが、そこは高校サッカーこそやめるが違う形で自分の人生を再構築していくというものだ。森監督は自らの見解をこう語った。
「プロの選手が合う、合わないで移籍をするのと同じようなものかと思います。(高校年代では)それがなかなか当然じゃない、当たり前じゃない中だから、それってどうなんだろうって感じる人もいると思います。でもプロが自分の活躍する場所を探すのと同じように、それは高校生年代であっても同じことだと思います。もちろんどこでもやれた方がいいですけど、それがうまくやれないことはあります。それは大人でも同じです。自分がこの会社・組織に合う、合わないってのがあるように。自分がより輝ける場所があるのであれば、夢につながる次のステージへの近道になるのであれば、特に伸びしろがたくさんある子どもたちなので、そういうこと(環境を変えること)は大事かなと思います」
敷かれたレールをみな一律に歩く必要はない。自分の思い、考え、目的に沿ってそれぞれの山を登ることで、自分の求めるものが見えてくるならそれでいい。サッカー指導者であり、人生の先輩として、クラブに入ってきた子どもたちには親身になって伴走している。
■寮開設で地方から受け入れ
南葛はユース寮を開設し、地方からの入団も受け入れている。葛飾区内にあるクラブ事務所の4階建てビル内。その最上階で高校生が暮らしている。3階にはトップ選手の部屋があり、クラブスタッフも常勤。朝夕の食事が提供されているという。「来年の新1年生には栃木から来る子もいます」と森監督。Jリーグ入りへ、クラブの本気度が伝わってくる。
「風間さんのトップチームと連動するような形で、同じコンセプトでやっています。クラブはJリーグを目指しているし、君たちもJリーガーになれる可能性があるというのを明確にしています。そこを目指す、目指さないは自由で強制することではありませんけど、ここにいるということは手の届くところにあると意識させています」
実際にユースからトップチームの練習に加わることがあり、上のカテゴリーは身近な存在となっている。そしてトップチームで活躍できることを逆算しての一貫したスタイル。南葛の良さはそんな同一性にある。
「ボールを大事にすること。しっかりボールを持ってサッカーを楽しめるように」(森監督)
漫画キャプテン翼に描かれている「ロベルトノート」。その52ページ目に繰り返し書かれているのは「サッカーは自由だ」。南葛とは、そんな言葉を実践しているクラブである。
社会のさまざまな価値観のもと、多様に変わりゆくカタチ。高校サッカーであっても、クラブユースであっても、自分に見合う場所はあるはず。未来に向かう大事な3年間だからこそ、大好きなサッカーを心ゆくまで楽しんでほしい。
サッカーは自由だ。【佐藤隆志】