オフシーズンは野球普及を目的とした体験型の野球イベントが盛んに行われているが、高校生たちが自ら考え、子どもたちに歩みよる野球普及活動が全国で増えている。日本高野連が掲げる「高校野球200年構想」。「次の100年」につなげる選手たちの活動を前・後編でレポートする。後編は「大谷グラブ」が届いた小学生と地元高校生たちの交流。
■高校生から教わる、初めての野球
米・ドジャース大谷翔平選手が国内すべての小学校に向けて用意した約6万個のジュニア用グローブが各校に届くなか神奈川県立市ケ尾高校野球部が「そのグラブを使って一緒に野球遊びをしよう」と、野球普及に乗り出した。
2月21日、部員40人が向かった先は徒歩10分の地元、横浜市青葉区の横浜市立鉄(くろがね)小学校。体育館で待つ学童保育・放課後キッズクラブの小学生50人と一緒に体操やボール投げ、ストラックアウトやTボールゲームなど約1時間汗を流した。同クラブに高校生が指導に来たのは初めてで、大谷グラブを使った高校生の野球教室もおそらく全国初。クラブのスタッフは「今日は子どもたちが高校生に会えるとあって、大興奮で待っていました。WBCのあと野球人気が高まっていたので、グラブを新しく10個購入し、この日を楽しみにしていました」と話した。
小学生の中には投げるほうの手にグラブをはめたり、バットを逆に持ったりとこの日初めて野球に触れた児童もいた。それでも高校生の真似をして体を動かし、グラブの中にボールが収まるとうれしそうに歓声を上げ、経験者・未経験者関係なく夢中でボールを追いかけた。市ケ尾・永田正太郎選手(1年)は「初めて野球をしたとき自分もうまくボールが捕れなかったな…と、8歳のころを思い出しながら教えました。みんな体が大きくてびっくりです」と笑顔で語った。
■「62年会」の同級生に刺激を受け
市ケ尾・菅澤悠監督は10日前、宮城・加美農に出向き1987年生まれの野球指導者で結成する「昭和62年会」の学童向け野球教室に参加した。体育館で学童・未就学児と野球あそびをしながらこの日のイメージを膨らませていた。「体育館でやる野球教室のスタイルと、ストラックアウトが盛り上がることなどを参考にしました」。同級生の姿が原動力になっていた。実は大谷グラブが話題になったとき、小学校の現場から「届いても教えられる教員がいない」、「ケースにしまって飾られてある」など、気になる声を耳にしていた。
それならば、と今回の企画を発案。小学校に自ら電話をして“出張授業”を提案し「こちらから会いに行く」というやり方に挑んだ。「私も、選手も、大谷グラブを見て見たかったという本音もあります(笑)」と笑う。
提案を受けた鉄小学校・本間秀司副校長は「2月初旬、朝の全校集会で183人の生徒にグラブをお披露目しました。子どもたちからも『早く使ってみたい』の声が上がっていたので本当にいい機会だと思った。これからもみんなでグラブをどんどん使っていきたい」と話した。市ケ尾はこのあと承諾を得て青葉区の4校と交流し学童保育、体育の授業にも出向く予定だ。
「民放テレビで野球中継が減ったいま、野球離れが起こるのは当然のこと。そんな中、今回、大谷選手からグラブを寄贈していただいて、自分たちもなにかできることがあるのではないかと思った。価値ある行動が選手たちの成長につながってほしい。(実現化に)ハードルはいくつかありましたが、他の地区でもできるはずなので活動が全国に広がればいいですね」と期待する。
「野球しようぜ!」
大谷翔平選手から投げられた野球普及の思いを監督、選手たちが受け取り伝道師となって下の層に繋げていく今回の活動。キラキラとした目で高校生を見つめる姿や「サインが欲しかった~」と叫ぶ小学生の声を聞くと、子どもたちの憧れはメジャーリーガーやプロ野球選手だけとは限らないと感じる。半径2キロの距離にいる高校生でも、野球を通じた子どもたちへの影響力は大きい。【樫本ゆき】
<神奈川県立市ケ尾高校>
本屋敷隆裕部長、菅澤悠監督。部員数40人(2年=15人、1年=20人、女子マネ=5人)。
2017年春に就任した菅澤監督が外部指導、野球コンサルなどを導入し強化。2022、23年春16強入りで2年連続夏のシード権を獲得した。「野球普及活動とは、勝ちにつながる価値ある取り組みである」(菅澤悠監督)