メインコンテンツ
井上尚弥
Chapter4パワーアップ「MONSTER」覚醒のバンタム WBSSの死闘が幕をあけた
バンタム級での井上の強さは、想像を超えていた。見る人を魅了してきたスピード、キレ、KOのチャンスを嗅ぎ分ける嗅覚―。そこに相手を飲み込む圧倒的なパワーが加わった。
2018年5月25日。井上は52.1キロのスーパーフライ級から53.5キロのバンタム級に階級を上げ、約10年間無敗のWBA世界バンタム級王者ジェイミー.マクドネル(英国)に挑戦した。3階級制覇がかかり、日米英で生中継された注目の一戦は、112秒の衝撃的な結末を迎えた。
試合開始のゴング。最初の左フックで王者の足元をぐらつかせると、ロープに追い詰め、こめかみへの左フックからの左ボディーでダウン。どうにか立ち上がったマクドネルに反撃の隙は与えない。わずか112秒。強引なラッシュで一気に仕留めきった。
井上は、熱狂の会場のど真ん中で拳を突き上げた。だが、この試合のゴングが鳴る前から「勝負」はついていた。
WBA世界バンタム級タイトルマッチ12回戦
都内のホテルで行われた前日計量。わずかの狂いもない、リミットの53.5キロに仕上げて計量を待つ井上は、怒りを抑えるのに必死だった。マクドネルが予定された時刻になっても姿を現さず、都内のホテルの一室で待たされ続けていたのだ。
約1時間10分後、悪ぶれるそぶりもなく計量会場に現れ、53.3キロでパスした王者に「イライラした」。だが、写真撮影で向き合うと、相手の肌つや、目の力から、置かれた状況を瞬時に見抜いた。
急激に水分を抜く減量方法で、一気に細くやつれた体。「顔が別人で、変わりようにビックリした。40歳ぐらいに見えた」。実際に、マクドネルは計量後に脱水症状が伝えられ、報道陣の質問にも応じなかった。
一方の井上は、ゆっくりと水分補給すると、体の奥底から力がみなぎってくるのを感じていた。初めてのバンタム級での試合。減量が楽になった1.4キロの差を最高の準備に変えていた。
「階級を上げるにあたって最初に考えたのは、バンタム級で戦ってきた選手に対してパワー負けしないことでした。まずはそこを見直そうと思いました」
Bantam Weight ( limit 53.5kg )
case4プロテイン
強い体を作る―。ジムワーク、フィジカルトレーニングをより効果的にするため、井上はこれまで以上に栄養強化に取り組んだ。その1つがプロテインだった。
減量に苦しんだスーパーフライ級終盤は「筋肉が大きくなるイメージがある」と積極的に摂ることに抵抗があったが、「よりパワーアップをはかりたい」と、栄養サポートを受ける明治の村野管理栄養士に相談。「何を」「いつ」摂るのか、アドバイスを求めながら理想の体を求めた。
「プロテインはこのタイミングだな思いました。村野さんに相談しながら、回復系やパワー系を目的意識をもって使い分けることを目指しました。合宿、普段のジムワーク、スパーリングがあるかないかなど、その日のメニューによって使うものを変えていくようになりました」
村野氏は取り組みについて、こう解説する。
「1つ1つの練習にこだわりを持って取り組むのと同じように、プロテイン1つとっても、目的や内容、強度などに応じて、ベストなものを摂りたいという考えに変わりました。アドバイスを求められることも増えましたし、バンタム級ではプロテイン、減量、計量後の食事、すべてのベクトルが『試合』に向かっており、それがパフォーマンスにも良い影響を与えているのかなと感じています」
マクドネルとの準備段階での圧倒的な差は、3本目のベルトを大きく引き寄せた。同時にメンタル面でも井上を突き動かす要因があった。
試合前に開催が発表されていた、賞金争奪の最強決定トーナメント、ワールド.ボクシング.スーパーシリーズ(WBSS)への参戦だ。マクドネル戦時点ではまだ同興業のプロモーターと交渉前だったが、井上は試合後のリング上で出場を明言。ビッグマッチが決まらず、ストレスを抱えていたスーパーフライ級時代から一転、他団体王者など「強い人間」しか出場できないトーナメント戦の実現に、思いは高まった。
Bantam Weight ( limit 53.5kg )
case5WBSS
マクドネル戦から2カ月がすぎた7月。井上はモスクワにいた。WBSSに出場するバンタム級の8人が勢ぞろいした組み合わせ抽選会だった。
井上は1回戦で元WBAスーパー王者で同級4位パヤノ(ドミニカ共和国)との対戦が決定。その他の3試合は、WBAスーパー王者バーネット(英国)―世界5階級制覇王者ドネア(フィリピン)、WBO王者テテ(南アフリカ)―WBA5位アロイヤン(ロシア)、IBF王者ロドリゲス(プエルトリコ)―IBF3位マロニーに決まった。
「強い人間が戦って、勝った者同士が次に戦う。何より分かりやすいですし、わくわくしましたね。スーパーフライ級でできなかったことがやっとできるなって。ただ、実際、ロシアで8人並んで会見した時は恐怖感もあったんです。このメンバーで勝ち抜くには運も必要だなって。それぐらいの選手が集まっていましたから」
WBSSは日本国内のボクシングファンを熱狂させ、井上の戦いは、多くの人の目をボクシングに向けさせた。18年10月7日に横浜アリーナで行われたパヤノ戦は約1万枚のチケットが完売。大橋会長は語る。
「尚弥の持つ本来の力と世間の認知度が、WBSSでようやくリンクした。マクドネル戦の大田区体育館は5000人がギリギリで完売だったが、パヤノとの横浜アリーナの試合はチケットが売り切れ、グッズを買うためにとんでもない列ができた。見方を変えれば、階級を上げたタイミングでWBSSが開催されたのは、尚弥が運をもっているということだとも思う」
井上はリング上のパフォーマンスで、そんな世間の期待に応え続けた。
パヤノを1回1分10秒にワンツーの右一撃でKOすると、19年5月18日には、スコットランドで行われた準決勝でIBF同級王者ロドリゲスと対戦。2回に3度のダウンを奪う圧倒的な内容で決勝に勝ち上がった。バンタム級に上げて、1回、1回、2回と衝撃的なKO決着を連発。世界が「MONSTER」の強さに酔いしれた。
そして、迎えた2019年11月7日に井上はWBSS決勝のリングに立った。待ち構えたのは、世界的ビッグネーム、ノニト.ドネア。さいたまスーパーアリーナの死闘が幕をあけた。
WBA世界バンタム級タイトルマッチ12回戦
井上尚弥(大橋) | ○ | 1回KO | ● | パヤノ(ドミニカ共和国) |
2018.10.07 井上70秒殺!日本人の世界戦最速 トリプル日本新
WBA・IBF世界バンタム級タイトルマッチ12回戦
井上尚弥(大橋) | ○ | 2回TKO | ● | ロドリゲス(プエルトリコ) |
減量期の食事(写真提供=明治)
基本パターンメニュー
①ご飯(玄米または雑穀米入り)
②お肉(牛肉、豚肉、鶏肉を日替わりで、赤身の脂肪の少ない部位)
③お魚(生もの不可。煮魚など食べやすいもの)
④豆腐料理、納豆、茶わん蒸しなどいずれか1品
⑤味噌汁(あさりやシジミなど鉄分強化の食材を積極的に使用)
⑥モロヘイヤは毎回必ず
⑦ほうれん草、小松菜など色の濃い野菜料理
⑧冷しトマト
⑨きんぴらゴボウなど根菜類や、ひじき、もずく、めかぶなど海藻類
⑩フルーツ(いちご、キウイ、オレンジ、グレープフルーツなど甘酸っぱいもの)
⑪低脂肪8無脂肪)牛乳またはヨーグルト(⑩と併せてスムージーでもOK)
計量 リカバリーの準備
計量直後の水分補給
計量後