闘将・星野仙一が2年目の雪辱に挑んだ03年の宜野座キャンプのことだ。主力選手の1人、赤星憲広がまだ夜が明け切らぬ早朝、宿舎前の浜辺で素振りを繰り返していた。ふと気がつくと、うしろに星野がゆらりと立っていたという。
「おまえ、アピールしとるんか。それは」。星野は笑いながら冗談ともつかぬ様子でそう話した。ドギマギした赤星は気の利いた言葉は返せなかったそうだ。当時、赤星と、そして浜中おさむ(当時)の“外野競争”がスポーツ紙に躍っていた。どちらが外野のレギュラーをつかむか、という状況下でのエピソードだ。
そんな話を思い出したのは前日、新指揮官・藤川球児の談話に触れたからだ。若手のアピールの場となった安芸キャンプで頑張った1人に井坪陽生がいる。虎番記者がその名前を出し、井坪は外野の競争に入る可能性を聞いたときだった。球児はこう言った。
「競争は全く考えてないです。戦う上で必要な戦力かどうかなんで。自分が采配を振るにあたってチームの布陣を組んだときに必要かどうかなんで。競争をしてもらうつもりはないんで、自分で、こちら側が決めるので。戦えると思うメンバーかどうか」
若手を鍛える中で、これだけ聞くと矛盾しているようにも思える。だが球児の言いたいことは、つまり、こういうことだ。選手間の競争そのものには意味がない。首脳陣から見て、使えるかどうか。それがすべてということだ。
極端に言えば、春の時点で一見、勝っているように見えても要素はそれだけではない。例えば1年間、戦えるスタミナがあるかどうか。そういうところを監督は見ている。ここで冒頭の場面に戻り、のちに星野に聞いた話を書きたい。星野は「競争」について、こう話したのである。
「レギュラー争い、選手同士の競争、競争いうてもな。結局はこっちが決めるんやけどな。誰を使うかは。ポジションは監督が与えるもんや」。球児が言ったことに共通しているとも思える。相手を意識して鍛錬するのは重要だが、そういうことも冷静に理解しておかなければならないのだ。
03年は結果として開幕スタートは赤星も浜中もレギュラーだった。この日で秋季キャンプを打ち上げた阪神。オフを通じ、来年3月の開幕スタメンがどうなるか。もちろん、それは球児が決めることである。(敬称略)【高原寿夫】(ニッカンスポーツ・コム/野球コラム「虎だ虎だ虎になれ!」)