- 4連覇を達成し、母トシさんの遺影を抱きしめる伊調(撮影・菅敏)
日本に神が宿った。そうとしか思えない。女子レスリングの3つの金メダルに、卓球男子団体の水谷の大金星。世界の頂点を争うハイレベルな決勝戦で、日本選手が土俵際からの逆転に次ぐ逆転。あと1歩で大魚を逃した選手を数多く取材してきた私は、感動を通り越して、鳥肌が立った。日本人はこんなにも勝負強かったのか。いったいどんな魔法があったのだろうか。
残り4秒で逆転した伊調馨は試合後、「最後は母さんが助けてくれたと思います」と涙を流した。2年前に亡くなった最愛の母トシさんに「必ず金メダルを取る」と誓ってマットに立ったという。残り5秒で逆転した登坂絵莉は「吉田(沙保里)さんと一緒に金メダルが取れたらいいねと話していました」と明かした。2人には窮地を乗り越える心の支え、よりどころがあった。
もっとも選手の多くは、愛する家族や尊敬する恩師など、それぞれに心の支えを胸に試合に臨む。伊調や登坂が特別ではない。五輪でメダルを争うレベルになると、練習量や体力、技術にもほとんど差はない。そんな紙一重の戦いの最後に女神を呼び寄せる。それも日本選手が次々と。何かもっと特別な力が働いているような気がしてならない。
女神と言えば、田口信教氏を思い出す。72年ミュンヘン五輪の競泳男子100メートル平泳ぎの金メダリスト。彼は「最後は運。その運は自分で作るもの」と、一日十善を自らに課し、率先して便所掃除もした。競技力は同等、ならば人間力で差をつけて女神の目を引こうと考えたという。伊調や水谷の最後まであきらめない強い心にも、競技者を超えた人間力を感じた。
今大会、テニスで56年ぶりの銅メダルを獲得した錦織圭の言葉も思い出した。「同じ日本人。燃えた」。準々決勝の試合前、会場のモニターで体操男子個人総合の内村航平の逆転優勝を目にして刺激を受けたという。最後の鉄棒で完璧な大技を連発して、大逆転の金メダルを手にした気迫の演技。あのオーラは競技の枠を超えて日本選手全体に広がった。その波動が今も選手の心に波打っているのではないだろうか。
この日の3つの金メダルと大金星で、オーラはさらに光を増したように思う。残り4日。現在33個まで積み上げた日本のメダルは、まだまだ増えそうだ。【首藤正徳】