石破首相が色紙に託した心境 かつての「群れない」座右の銘との違いとは
10月9日に衆議院が解散された。衆院選の公示は15日だが、すでに事実上選挙戦はスタートしている。9月の自民党総裁選で石破茂首相が総裁に選ばれてから、まだ2週間あまりだが、永田町周辺だけ時計の針が倍速のように進んでいるように感じている。
首相就任から8日後の衆院解散は、戦後最短。臨時国会の所信表明演説やその後の各党代表質問を取材したが、普通なら節目節目で議場を見渡しながらカメラのフラッシュを受ける総理大臣が、手元の紙の内容をほぼ読み続けたため、なかなか顔を上げてくれず、写真を撮影しようとしてもタイミングに困るという、あまりない経験をした。
1議員としての持論はとうとうと語ってきた石破首相だが、首相として振り付けられた立場となった今、演説の内容を忠実に語ろうとするあまり、原稿を読み続ける石破首相の姿を見るにつけ、「余裕がないんだろうな」と思ったのは私だけではないはずだ。
そんな石破首相はこの1カ月あまりで、2度の揮毫(きごう)を披露した。日本記者クラブで行われた9月の総裁選と、与野党党首による10月12日の討論会。出席者は事前に書いた揮毫(きごう)を残し、終了後にその中身が公開されるのが恒例だが、石破首相は2回ともに「着々寸進 洋々万里(ちゃくちゃくすんしん、ようようばんり)」と書いていた。
1歩、1歩ずつでも確実に歩みを続ければ、万里を超えて大洋にも到達できる、という意味だそうで、大平正芳元首相が好んで色紙に書いていた言葉だと聞いた。大平元首相や石破首相だけでなく、この言葉を座右の銘としている現代の政治家も多いという。ちなみに、立憲民主党の野田佳彦代表は「素志貫徹」、日本維新の会の馬場伸幸代表は「古い政治を打ち破る」、公明党の石井啓一代表は「初志不忘」、共産党の田村智子委員長は「不戦」、国民民主党の玉木雄一郎代表は「念ずれば花ひらく」、れいわ新選組の山本太郎代表は「とりもどす」と記していた。
1度は出馬をあきらめかけた総裁選に、5度目の挑戦をして総裁の座にのぼりつめた石破首相。国民人気が高まる背景だった「自民党内野党」の立場での発言が、首相就任後はなんとなく後退を続け、総裁選の選挙戦で口にしていた衆院解散のタイミングを筆頭に「前言撤回」「手のひら返し」との指摘を受ける対応が続いている首相。今はとにかく、足元を踏み固めて堅実な政権運営を目指したいという思いも現れているように感じた。
一方、「座右の銘」が1つではない政治家も少なくなく、実際、石破首相も過去に別の言葉を座右の銘として紹介したことがある。
それは、「鷙鳥不群(しちょうふぐん)」という言葉。自民党のトーク番組に出演した時には、「『寄らば大樹の陰』とか、そういうものとは反対語。群れて、わらわらやるの嫌いなんですよ、私」と語っていた。ワシやタカなどの猛禽(もうきん)類のように群れず、1羽でも生きていくという観点からの言葉とされ、「党内野党」として自民党を歩んでいた石破首相を象徴するような言葉だった。首相の公式ホームページをのぞくと、プロフィル欄には「雪中松柏」(※主義や主張を決して曲げないことの例え)というフレーズも、今も掲載されている。持論を曲げない政治家としての矜持(きょうじ)が、のぞく。
翻って、首相の今の立場。ワシやタカに重ねた姿勢は、とりあえず「封印」しているように見えてしまう。自民党内の反発を受けても持論の郵政民営化を譲らずに、首相就任から約4年後、選挙で信を問うことまでした小泉純一郎元首相のような人もいた。ただ、総裁、首相就任からあっという間に衆院解散まで来てしまった石破首相にとっては、まずは足元を踏み固めないと前に進めない、というのも、また現実なのだろうと思う。
首相になって確実に歩みを続けようとする中で、こだわってきた「群れない」スタイルは消えてしまうのだろうか。政治家としての石破首相の方向性を見定めるための第1歩が、10月15日公示の衆院選となる。【中山知子】
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レイアウトを担当する整理部を経て、編集局文化社会部に配属。日本新党が結成され、自民党政権→非自民の細川連立政権へ最初の政権交代が起きたころから、政界の取材を始める。1人で各党や政治家を取材することが多く「ひとり政治部」とも。福岡県出身。青学大卒。