第15回米国大会
限界だったバッジオ
94年米国大会に登場したスター選手として記憶に残っているのが、イタリアFWロベルト・バッジオとブラジルFWロマーリオだろう。両雄は7月17日、ロサンゼルスのローズボウルで行われた決勝で対戦。「明暗」をくっきりと分けた。
1次リーグE組だったイタリアは、1勝1分け1敗の3位で決勝トーナメントに進出した。スター候補R・バッジオは不調。初戦アイルランド戦は0-1と完敗した。2戦目のノルウェー戦ではGKパリュウカの退場で、前半21分にベンチに下げられる屈辱も味わった。結局、1次リーグ3戦無得点と、苦戦の責任を一身に背負わされた。しかし、決勝トーナメントに入ると爆発。1回戦ナイジェリア戦2得点、準々決勝スペイン戦1得点、準決勝ブルガリア戦2得点と勝負強さを発揮し、あっという間にチームを決勝へ導いた。
あと1勝で最多4度目のV。だが、R・バッジオの体は既に限界だった。両アキレスけん、ひざ、右太もも痛。志願してフィールドに立ったが、延長ではその右足がけいれんを起こした。4戦連続得点ならず、0-0のままPK戦へ突入。「PK戦ではボールをコントロールする力が残っていなかった」。右足で放たれたボールはバーのはるか上を越え、この瞬間、無情にもイタリアの敗戦が決まった。
両ひざを着いて両手を高々と突き上げるブラジルGKタファレルの横で、R・バッジオは両手を腰にやったまま、たたずんだ。右ひざじん帯手術から5試合ぶりに奇跡の復帰を果たしたDFバレージに報いることもできなかったエースは「悲しいよ。どんな代償を払ってもこの試合だけは勝ちたかった」とうつむきながら言った。【94年大会取材・岡本学】