早実と新庄監督…2024年8月17日は「5人内野シフトの日」/物語のあるデータ

これも低反発バットが導入された影響でしょうか。100周年を迎えた甲子園の舞台で、異例の「5人内野シフト」が見られました。全国高校野球選手権の3回戦、早実(西東京)-大社(島根)のこと。9回裏、早実守備陣がこのシフトを敷き、ピンチを脱しました。51年前、55回大会で柳川商(福岡)が作新学院(栃木)相手に試みたことを覚えています。金属バットの導入が74年。その前年の、木製バット最終年でした。

高校野球

■交代左翼手が投手と三塁の間に!

あっと驚く「5人内野シフト」だった。伝統校対決の土壇場に見せた異例の守り。甲子園は大いに盛り上がった。

場面はこうだ。9回裏、スクイズで同点とされ、なおも1死二、三塁のピンチが続く。ここで早実ベンチは左翼手の石原優成に代えて1年生の西村悟志を起用した。ところが左翼には走らず、なんと投手と三塁手の間に入った。実は二塁手の控え選手で、スクイズ阻止への投入だった。

これがピタリはまった。大社の打者、藤江龍之介は強行に出て、打球はゴロで西村を襲う。一塁へ転送され2死(記録は左ゴロ)。本塁を狙った三塁走者も一塁手からの転送で刺され、窮地を脱した。

試合は延長11回まで進み土壇場必死の守りもむなしく、早実はサヨナラ負けした。それでも和泉実監督は選手をたたえ、公式戦で初めてみせたシフトを振り返った。

「僕らが現役でまだ木製バットの時代にはよくあったんですよ。私の2つ上の先輩たちも、あれ(5人内野シフト)をやって防いだりして」

■73年夏の柳川商 江川の作新に3度も!

同監督が早実の捕手として甲子園出場を果たす5年前、木製バット最終年となる73年夏に柳川商が5人内野シフトを披露していた。

1回戦の相手は江川卓を擁する作新学院。1点が勝負とばかり、このシフトを3度も使った。1-1で迎えた9回裏1死一、三塁が最初だ。柳川商ベンチは中堅手の松藤洋を内野に入れて、早実と同様に投手と三塁手の中間に位置させた。

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徳島・吉野川市出身。1974年入社。
プロ野球、アマチュア野球と幅広く取材を続けてきた。シーズンオフには、だじゃれを駆使しながら意外なデータやエピソードを紹介する連載「ヨネちゃんのおシャレ野球学」を執筆。
春夏甲子園ではコラム「ヨネタニーズ・ファイル」を担当した。