◆紙面企画
Ola! WorldCup
毎週水曜日の紙面ブラジルW杯ワイド特集「Ola! World Cup」に掲載された特集記事を余すとこなくお届けします。
本田よ今度の公式球は無回転より高速パスだ
<公式球ブラズーカの科学的検証結果>
W杯南アフリカ大会1次リーグ最終戦。日本代表FW本田の放った無回転シュートが、デンマークゴールを襲った。不測の軌道にGKは対応できず、魔球はゴールへと飛び込む。ジャブラニの特性が出た象徴的な場面だった。近年「ブレ球」は1つの武器として確立されているが、今回のブラズーカは少し様子が違う。
浅井教授は「ジャブラニよりブレが収まっている。ブラせる、ブラせないという意味ではなく、比べると(ブレは)出にくい」と指摘した。そして空力特性を探った風洞実験(筑波大学スポーツ風洞)を踏まえ、研究成果のポイントを4つ挙げた。
1、抗力特性を探ると、ボール速度の中速領域(毎秒15~20メートル)においてジャブラニより空気抵抗が小さく、スピードが出やすい。ただし高速領域ではジャブラニが少し上回る。
2、20メートル前方のゴールへ初速・毎秒20メートル(迎角度10度)でシュートした場合、ジャブラニ(1・261秒)に対し、ブラズーカ(1・168秒)は約0・09秒早く、約10%以上大きい速度で到着。逆に初速・毎秒30メートルのパワーシュートの場合、ブラズーカ(0・751秒)はジャブラニ(0・737秒)より0・01秒遅く、約3%程度小さい速度で到達する。
3、ブラズーカの空気抵抗の特性として、中速領域を多用するパスのスピードを上げやすい。高速パスに適したボールと推測される。
4、毎秒20メートルの流速におけるボールの振動のデータが示す通り、無回転におけるブラズーカの揚力はジャブラニより小さい。不規則な変化が小さいことが予想される。
つまりブラズーカは魔球ではなかった。むしろ規則的な軌道を取り、より正確性は高まったと言える。それはボールの構造にも起因する。
従来、サッカーボールは六角形と五角形からなる32枚パネルで、多くの縫い目がボールの等方性を保っていた。だが06年ドイツ大会の+チームガイストは14枚、ジャブラニは8枚、ブラズーカは6枚と減少。減ればその分、ボールの凹凸が少なくなり、真球に近づく。ただボールの非対称性は高まり、無回転の場合、ボール速度が上がると「ドラッグクライシス」と呼ばれる急激な空気抵抗の落差が生まれやすい。そこでナックル効果が出てくるのだが、ブラズーカは違った。
浅井教授 (枚数が減った分)パネルの接合部分が長く、溝が深い。その深さがボール表面の層(境界層)を乱流化したり、乱流の渦の成長を促している。
流体力学上、境界層が乱流化することでボール後流の渦が早くしぼみ、いったん不安定性は減少する。6枚パネルにもかかわらず、安定性では32枚パネルのボールに近いと言える。そこへジャブラニ同様、約430グランパス無と重量が軽く、遠くへ飛ぶ。ならば、選手のプレーにどういう影響をもたらすのか。
浅井教授 (シュートのような)高速領域も悪くないけど、中速領域が伸びる。ピュッ、ピュッ、ピュッというパス。速いパスワークが効いてくる。それに伴い、体、技術、判断といったスピードすべてが速くなる。昔と違って世知辛いサッカーだけど。
本田の無回転シュートを期待するには、望むべくボールではないかもしれない。ただ、攻守に連動する日本のパスサッカーには望むところ。ここはボールを味方に、自分たちのスタイルを信じて“ブレず”に戦うだけだ。【佐藤隆志】
◆浅井武(あさい・たけし)1956年(昭31)9月12日生まれ、名古屋市出身。筑波大、同大学院修了。山形大地域教育文化学科助教授を経て、現在は筑波大大学院人間総合科学研究科コーチング学教授。専門はスポーツ工学。同大蹴球部の総監督も務める。
■過去の大会公式球
※12代目 W杯で公式球が初めて採用されたのが1970年メキシコ大会。以降、すべての大会でアディダス社のボールが使用されており、今回のブラズーカは12代目。
◆70年メキシコ大会「テルスター」 W杯を世界中の人がテレビ観戦できるようになった時代のスターという意味を込め。
◆74年西ドイツ大会「テルスター」 前回からマイナーチェンジ。白黒の亀甲ボールは選手、観客の視認性も高かった。
◆78年アルゼンチン大会「タンゴ」 開催地のアルゼンチンの舞踏音楽のタンゴをイメージした歴史的なデザイン。
◆82年スペイン大会「タンゴ・エスパーニャ」 天然皮革を素材に、革新的な防水性のある密閉式縫い目を特色とした。
◆86年メキシコ大会「アステカ」 W杯で最初の人工皮革製球で吸水性、耐久性アップ。古代アステカ文明の歴史を表現。
◆90年イタリア大会「エトルスコ・ユニコ」 ポリウレタンを使用し、防水性アップ。古代文明エトルリアの歴史を表現。
◆94年米国大会「クエストラ」 宇宙を駆けめぐる星をイメージさせる斬新なデザイン。スピード速め、よりソフトな感触。
◆98年フランス大会「トリコロール」 国のシンボル雄鶏と高速列車タービンを融合したデザイン。赤、青、白は国旗から。
◆02年日韓大会「フィーバーノヴァ」 フィーバーはW杯に注がれる世界中の熱気を表現。「NOVA」とは「新星」の意味。
◆06年ドイツ大会「+チームガイスト」 革新的な14枚パネル構造を採用し球体に近づけ。チームスピリットの願い加味。
◆10年南アフリカ大会「ジャブラニ」 名称は南アフリカ公用語の1つ、ズールー語で「祝う」の意味。パネルは8枚に減。
◆14年ブラジル大会「ブラズーカ」 名称はブラジル人の「誇り」を意味。命名の最終選考で70万人超の国民が支持。