◆紙面企画
事件記者清水優 ブラジル体当たり
◆清水優(しみず・ゆたか)1975年(昭50)生まれ。38歳。東京外大ポルトガル語学科卒。98年入社。静岡支局、文化社会部、朝日新 聞社会部警視庁担当を経て、文化社会部に帰任。事件、事故など中心に行き当たりばったりながら体当たりで取材。体重95キロ。
王国の強さの秘密 踊る格闘技「カポエイラ」
【サルバドル21日(日本時間22日)】ブラジルで黒人奴隷の間で生み出された独特の舞踊格闘技「カポエイラ」。アフリカに起源を持ち、バイーア州サルバドルで始まった武術は、足と頭だけを使う。サッカーと同じく、子ども時代に遊びの中で多くのブラジル人が身につけるという。もしかして、これも、サッカー王国ブラジルの強さの秘密なのかもしれない。世界中に弟子を持つ指導者マスター・トニー(50)に会いに行った。
リオデジャネイロでもレシフェでもナタルでも、海岸では少年たちがサッカーに興じている。動きはかなり、トリッキーだ。1対1の状況をドリブルで突破する小技も多い。小学生くらいの子どもでさえ、とんぼ返りしながらシュートを決める。こんな国なら、サッカーがうまくなるわけだ。
- 近所の子どもたちは、カポエイラの動きを遊びの中でマスターしていく(撮影・清水優)
サッカー少年の1人に日本代表の評価を聞くと「日本代表は体もできてきたし、戦術もいい」と高い評価だった。ただ、こう続けた。「ブラジル代表にあって、日本にないものがある。それはジンガだ」。
ジンガとはカポエイラの基本ステップで、しばしばカポエイラ自体を示す。腰を落とし、フラフラと前後左右に動く。千鳥足のような、倒れそうで倒れない動きから、さまざまな鋭い足技が繰り出される。これはサッカーにも通じるのではないか。
- 近所の子どもに稽古をつけるトニーさん(撮影・清水優)
カポエイラ発祥地、バイーア州サルバドルのマスター・トニーことアントニオ・ホドリゲス・ノゲイラ・フィーリョさんを訪ねた。単刀直入に、カポエイラはブラジル代表の強さにつながっているか聞くと「ブラジルでは子どもはサッカーとカポエイラで遊ぶ。ペレもガリンシャもとてもいいカポエリスタだった。サッカーに通じるところはある」と話す。ガリンシャといえばW杯の58年スウェーデン大会、62年チリ大会でブラジルを連覇に導いた伝説のドリブラーだ。
カポエイラの技は自由で、無限にある。蹴り技の多様さがサッカーに生きるのか。トニーさんは「それよりも、カポエイラをやっていると、相手の次の動きが読めるようになるのが大きい」と説明した。稽古を積めば、相手のステップや筋肉の動きなどから次の動きを感じ取り、隙を突く攻撃が出せるのだという。
なかなか一朝一夕には身につかなそうだと思っていると、もう1つ教えてくれた。「カポエイラは常に笑顔でリラックスし、常に集中して攻防を行う」。このあたりもサッカーに通じるものがありそうだ。
- ビリンバウという弓状の楽器とパンデイロというタンバリンのような太鼓を演奏する
現地24日のコロンビア戦は、崖っぷちの日本代表にはタフな試合になりそうだ。こんな時こそ、原点回帰だ。平常心でサッカーを楽しみ、笑顔を見せてほしい。
◆カポエイラ 16世紀頃にブラジルの奴隷制時代に発達した舞踊格闘技。ブラジルに連れてこられた奴隷の故郷アンゴラなど西アフリカ諸国の格闘技が起源との説もある。大農場主は奴隷同士のケンカを禁じ、けんか両成敗で厳しく処罰。奴隷たちは、農場主にケンカだと悟られないように、弓状の楽器「ビリンバウ」などを鳴らし、ダンスや儀式を行っているように偽装した。手は使ってはならず、足、頭だけで、1対1で戦う。奴隷の文化として差別されたが、1970年代頃から白人にも浸透。日本も含め、世界に広がっている。