王監督世界一へ「ストロング&スピーディー」
国別対抗戦「ワールド・ベースボール・クラシック(WBC)」の王貞治監督(65)が2日、日本代表のチームスローガンとして「ストロング(Strong)&スピーディー(Speedy)野球」と命名した。WBC1次リーグは今日3日、開幕する。王監督は今大会では攻撃面で小技、機動力を絡めた「スモールベースボール」を提唱していたが「スモールだと野球が小さくなる」と開幕を前に前言撤回。従来の機動力野球に、長打力を加味した攻撃を理想に掲げた。日本代表は開幕戦で中国と対戦する。
開幕を翌日に控え、すべての準備は終えたはずだった。それでも王監督は東京ドームでの公式練習中、頭をひねった。「何かいいのはないか」。先発ローテーションでも打線の組み合わせでもない。午後2時から2時間の公式練習は終了した。記者会見も終えた。東京ドーム内の通路を歩き、選手宿舎へ向かう途中だった。「スモールだと野球が小さくなる。『ストロング&スピーディー』で行きましょう。訂正しておいてください」。答えが見つかった。
本番を前に、理想とする野球を言葉で表現した。福岡合宿から1番イチローを起点とするスピード野球を掲げ、ときには「スモールベースボール」との言葉を使った。本音はそこに長打力も加味し、攻撃の幅を広げたい。「打線の調子は上がってきたけど、もっとドカンドカンと行かなきゃ。4試合で小笠原の1本だろ? 8本くらい出てないと。30本、40本打つ選手がそろってるんだから」。
ダイエー(現ソフトバンク)監督に就任した95年、理想の野球として「大胆かつち密な野球」を掲げた。その究極の野球を実現できるメンバーが、日本代表にはそろっている。「短期決戦ではなかなか点は取れない」と、基本はあくまで小技を駆使したスピード野球。「スモールと言って、彼ら(主軸)にプレッシャーをかけたくない」と、命名には言葉の魔法をかける意味合いもあった。
王監督の心情を表す? ように、この日の公式練習はフリー打撃だけで終わった。ライバルの韓国が打撃、守備の両方を行ったのとは対照的だったが、細やかな気配りもあった。「我々はボールで生活している。ケチっちゃいけない」と、この日は新品のボールを使用した。メジャー公認球は反発力が減りやすく、連日使用していると打者の飛距離が落ちる。松中は「ニューボールだから飛びが違う」と柵越えを連発し喜んだ。松中の快音に王監督は「その気になってきたんだろう。あの辺のクラスは気持ちが大事だから」。新球効果は抜群だった。
打撃練習では宮本、谷繁の最年長コンビが打撃投手を買って出た。「打撃投手が疲れていると思って志願した」と宮本。打った松中は「宮本さんが気持ちよく打たせてやろうと。そりゃうれしかったですよ」。この光景に王監督は「日本的な良さなんだろうけど、個人のことは考えずチームが1つになっている。ここでは個人記録なんてないから」と一体化を感じ取った。
いよいよ開幕だ。初戦の相手は格下の中国。「コールド? 勝てばいいんだ」と内容は気にしない。あくまで勝利にこだわる。「やり残したことはない。今が絶好調と思って戦うだけ」。王JAPANが「ストロング&スピーディー野球」で、まずはアジアの頂点を目指す。
▼WBC日本代表は本番直前のエキシビション4試合で合計17得点。1試合平均約4・3点にとどまった。17点のうち、安打による得点は半分以下の8点。長打による得点は24日の12球団選抜戦で西岡の三塁打(打点2)、26日ロッテ戦で小笠原のソロ本塁打が出ただけで、力強さに欠けた。長嶋監督時代の日本代表も03年11月のアジア選手権では直前のプロ選抜戦にわずか3安打で敗戦(●1—3)。しかし、本番に入ると○13—1中国、○9—0台湾、○2—0韓国と3試合合計39安打、24得点を挙げている。王ジャパンも本番で強打を発揮できるか。
意外にもWBCが王監督にとっては、初の日本代表入りだった。「ここに集まっている20人くらいは日本代表を経験しているけど、僕は初めてだからね。昔は真剣勝負の場がなかったし」。昨年、監督就任を要請された際には「自分のチームを持つ現役監督が引き受けるべきではない」と考えた。だが、球界の発展のため、持論を曲げた。「われわれの世界は立ち止まるわけにはいかないんだよ。壁を壊して、常に変化していかなきゃいけないんだ。同じ変化をするのなら、いい方に変化した方がいい」。
日の丸の重圧を背負いながらも、指揮官・王貞治のスタイルは球団でも代表でも不変だった。就任を決めたからには入れ込む。2月のソフトバンクの宮崎キャンプでは「一番、勝ちたいのはおれなんだよ」とまで意気込みを語っていた。ソフトバンクで選手に何度も言い聞かせたフレーズだった。東京移動後も担当記者を誘い、中華料理店でラーメンをすすった。シーズン中と何ら変わらず振る舞った。「今の選手は幸せだよ。こうやってメジャーでも活躍するイチローやトップクラスの選手と一緒にプレーして、刺激を受けることができるんだから」。そう話す王監督が実はこの大会で最も刺激を受けているようだった。【中村泰三】
(2006年3月3日付日刊スポーツ)
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