【鍵山正和 ~哲~〈5〉】シーズンの意味合いを変えたフランス杯の衝撃 優真と重なった高揚感

フィギュアスケート男子で、北京オリンピックで日本史上最年少メダル(個人銀、団体銅)を獲得した鍵山優真(20=オリエンタルバイオ/中京大)。その指導に就く父、鍵山正和コーチ(51)の哲学に迫る連載「鍵山正和 ~哲~」の第5回、第6回はシーズン前半を振り返ります。2季ぶりの参戦となったGPシリーズ。その初戦でまみえたイリア・マリニン(米国)、アダム・シャオイムファ(フランス)がもたらした衝撃、そして親子ともに共鳴した感情とはー(敬称略)

フィギュア

「神」が見せた理想の4回転

見込みが外れた。

11月、フランスのアンジェ。正和はフランス杯の公式練習で、リンクサイドから優真の姿を追っていた。2季ぶりのGPシリーズ初戦の雰囲気に身をなじませながら、同組の選手の調整具合にも視線を送る。

「えっ」

目を疑う出来事が起きたのは、練習開始からしばらくして。マリニンだった。

マリニン

マリニン

多くの選手と同じように、1回転、2回転、3回転と回転数を増やしていく経過を気にしながら、その洞察力でジャンプ技術の特徴などを自然に頭に入れていった。

4回転への準備運動。いつから跳び始めるのか。

優真の大会欠場が続いた昨季はなるべくテレビも見ないようにしていた。4回転アクセルを史上初めて成功させた「4回転の神」の跳躍を直接見るのは初めてだった。

「3回転をまたやるのかな」

軌道に入り、踏み切りに向かうスピード感でそう判断をした。瞬間だった。

「くるっと締め方だけが変わって…」

4回転だった。1回転増やすための過剰さがない。

「じっと構えない。『そんな簡単に跳ぶか』って」

自身は高校生で4回転に取り組み始めた。トーループの成功者は世界でもまだカート・ブラウニング1人。そんな時代に、本場ではない日本で、試行錯誤で競技の限界を推し進めようともがいた。

指導者の道を歩み始めてからも、多様なスケート靴を実際に履いて試しながら、知見を深めてジャンプの解読にアプローチしてきた。選手それぞれの跳び方の癖をそこに加味して、跳ばせる。優真だけでなく、技術指導で培ってきたノウハウは多種多様だ。

マリニンのその1本は、その前例を全て覆すような1本だった。

「神がかってますよね」

「4回転の神」という自称は、決して誇張ではない。追求してきた理想型の1つの完成形が現前していた。

日本のトップ≠世界のトップ

フランス杯のエントリーが発表された時に、まず心に浮かんだ感情は懸念だった。

「今季は復帰のシーズンなので、ケガなく頑張ってくれればと思っていましたが、実際にシーズンが始まるとメダルに手が届いてましたよね。だからこそ…、大丈夫かなと」

8月の木下杯争奪トロフィーで復帰を果たすと、9月にはロンバルディア杯でSP、フリーともにトップで1年半ぶりの国際大会に快勝。左足首の故障から慎重にジャンプの本数などを制限する中でも、前向きな評価を引き出していた。

その流れで迎えるフランス杯。マリニンに加え、着目していたシャオイムファも名を連ねていた。

「本人が自分に期待を持っていけそうなタイミングで、その2人にぶつかる」

その邂逅がどんな感情を引き起こすか。むしろ不安の方が大きかった。

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スポーツ

阿部健吾Kengo Abe

2008年入社後にスポーツ部(野球以外を担当します)に配属されて15年目。異動ゼロは社内でも珍種です。
どっこい、多様な競技を取材してきた強みを生かし、選手のすごみを横断的に、“特種”な記事を書きたいと奮闘してます。
ツイッターは@KengoAbe_nikkan。二児の父です。