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紙面企画

私のレジェンド

私のレジェンド

過去19回行われた世界最大の祭典。全世界のファンが魅了され、スーパースターに酔った。誰にでもいるW杯のヒーロー、それぞれの一押し選手を「私のレジェンド」として連載する。

「光と影」コントラスト魅力バッジョ


<俳優 石田純一>

 何と言ってもバッジョです。イタリア代表のロベルト・バッジョ。ゲームメーカーでありながら、ゴールゲッターでしたね。プラティニから「9・5番」と言われたけれど、ゲームメーカーの10番とストライカーの9番の力を併せ持っていた。「ゴールにパスをする」技術も一番でした。

 90年大会のチェコ戦で衝撃的にデビュー。94年大会の決勝トーナメントは神懸かり的な活躍でした。1回戦のナイジェリア戦は終了間際に同点ゴールして延長で決勝ゴール、準々決勝のスペイン戦も終了間際に決勝点、準決勝のブルガリア戦も2ゴール。ケガをしていたのに、完璧でした。

 ただ、ブラジルとの決勝戦はPK戦の最後のキッカーとして大きく外してしまう。その背中は、今でも忘れませんね。98年大会は出番そのものが少なかった。3回出たW杯はすべてPK戦で敗退。最高の選手でありながら、光と影のコントラストが強いんです。そこが、彼の魅力なんです。

 プレーだけではなく、その発言も素晴らしい。哲学的なんですよ。仏教徒だからかもしれないけど、ブラジルとの決勝のPK戦で外した後「これは、仏陀(ぶっだ)からの究極の問いかけだ」と言った。悔しいとか悲しいではなく。なかなか言えませんよね。

 W杯は82年大会から見ています。10年の南アフリカ大会は新婚旅行を兼ねていたので治安の面から断念したけれど、それ以外は行っています。イタリアはもともと国民性が好きで、応援している国。優勝した82年大会のFWロッシやGKゾフもいい選手でしたが、バッジョはプレー以外も最高なんです。今でもかっこいいし、人間的にも尊敬できる選手ですね。

 ◆ロベルト・バッジョ 1967年2月18日、イタリア・ベネト州生まれ。81年にセリエC1のビチェンツァでデビュー、85年にセリエAのフィオレンティーナに移籍した。ユベントス、ACミラン、ボローニャ、インテル、ブレシアと国内クラブを渡り歩き04年に引退した。88年に代表デビューし、W杯は3大会に出場。代表通算56試合27得点。93年には欧州最優秀選手賞とFIFA年間最優秀選手賞を獲得した。

















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