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OGGIの「毎日がW杯」
荻島弘一(おぎしま・ひろかず):1960年(昭35)東京都出身。84年に入社し、スポーツ部勤務。五輪、サッカーなどを担当して96年からデスク。出版社編集長を経て05年から編集委員として現場取材に戻る。
「本家」退席後にメッシが衝撃的な一発
やはりメッシだった。勝てば決勝トーナメント進出が決まる試合、アルゼンチンはイランの堅守を崩せずに苦しんだ。ボールは支配するものの、決定機はことごとくブロックされる。枠へのシュートも、相手GKに止められる。攻めても遠いゴール。逆に、鋭いカウンターから、あわや失点かという場面さえあった。
90分間が終わって、誰もが引き分けだと思った。しかし、メッシはあきらめていなかった。徹底マークにあって前線で孤立。パスも受けられずに消えている時間も多かったが「次のナイジェリア戦が難しい状況になるので、引き分けは避けたかった」。最後の最後に見せ場が訪れた。
ゴール前右でパスを受けると、そのまま左に持ち出す。相手DFとの間合いをはかるように動きながら、タイミングをみて左足を一振り。ボールはゴール左すみに決勝点となって飛び込んだ。それまで完璧に守っていたイランの選手たちがピッチに倒れ込んで起き上がれないほどの衝撃的な一発だった。
「ここぞという場面で、チームのピンチを救えるのがエース」と言われるが、その通りの活躍。それまでの90分は「死んだふり」をしていても、最後の最後に大きな仕事をした。サベラ監督も「我々にはメッシという天才がいる」と賛辞を惜しまなかった。
この日、スタンドには今大会初めてマラドーナ氏の姿があった。前回大会、同氏は監督として臨んだ。ベンチ前で派手に動き回り、選手を鼓舞し、審判に文句をいう姿が、国際映像を通して世界に伝えられた。時にはピッチ上のプレー以上に、監督の動きが注目された。アルゼンチン最大のスターは、マラドーナ監督。メッシではなかった。
スタンドに大スターがいれば、サポーターの目もそちらにいく。場内のビジョンに映し出されるたびに、スタンドが沸いたという。しかし、ブラジル紙によると、同氏は試合終了前に退席。メッシの決勝ゴールは見なかったという。
「神の子」は2人いらないということか。スタンドにマラドーナ氏がいた時間帯、メッシは活躍することができなかった。しかし、同氏が退席した直後に劇的ゴール。サポーター全員の視線を浴びた瞬間に、メッシは「新しい神の子」になることができた。そんなことを思わせるほど、絶妙なタイミングだった。
初戦のボスニア・ヘルツェゴビナ戦には、マラドーナ氏の姿はなかった。入場を拒否されて、観戦できなかったらしい。そこで、メッシは2得点。マラドーナ監督だった前回大会は0得点。「マラドーナ2世」は本家の前では活躍できないのかもしれない。
22日は28年前、メキシコ大会準々決勝のイングランド戦でマラドーナが「神の手ゴール」と「5人抜きゴール」を決めた日。歴史に残る2つの得点は、マラドーナ率いるアルゼンチンが2度目の優勝を果たした瞬間に「伝説」となった。
「伝説」が生まれるタイミングとしては1次リーグ2戦目は早すぎるし、優勝までにはまだいくつも山があるはず。今がピークだとしたら、この先が心配にもなる。ただ、アルゼンチンの決勝点がメッシの力を世界に知らしめたのは間違いない。ブラジル大会がまた1つ「メッシの大会」に近づいた。