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OGGIの「毎日がW杯」
荻島弘一(おぎしま・ひろかず):1960年(昭35)東京都出身。84年に入社し、スポーツ部勤務。五輪、サッカーなどを担当して96年からデスク。出版社編集長を経て05年から編集委員として現場取材に戻る。
人かみスアレス…愚行と野生の感性は紙一重
日本が大敗したコロンビア戦の前、世界中が衝撃を受ける今大会で1番の「事件」が起きた。ウルグアイのエースFWスアレスが、まさかの「かみつき」。強豪イタリアの敗退以上に世界中が騒然となった。審判は見逃したが、テレビ画像ははっきりとらえていた。
SNSの発達で、この手の「事件」はすぐに拡散する。世界が注目するW杯という大舞台、優勝経験のあるウルグアイとイタリアの一方が敗退する大一番、何よりも「容疑者」は過去に同様の事件で騒がせた「前科」のあるスアレス。現場写真が世界を駆けめぐり、パロディー画像が流れた。
それにしても、かむという行為には驚く。それも、3回目だ。いや、問題になったのが過去に2回あるだけで、もっと多いかもしれない。幼少期には「かみ癖」のある子もいるが、成長とともに治るもの。27歳になっても繰り返すのは、にわかに信じ難い。
大人で「かむ」のは、ボクシング元ヘビー級世界王者のマイク・タイソンか、プロレスラーのフレッド・ブラッシーぐらいだと思っていた。ブラッシーは「仕事」だったし、タイソンは試合中に我を忘れてのただ1度だけの愚行だった。スアレスに驚くのは、反省してもなお「常習化」しているということだ。
もちろん、ほめられる行為ではない。FIFAは最高で2年間、または24試合の出場停止処分を下す可能性が高い。所属するリバプールからの厳罰も必至。獲得へ興味を持っているとされたバルセロナが手を引くのも確実だ。何より、前回大会の「ハンド」に続く愚行で、選手としての評価を落とした。今後の選手生命にも影響しかねない。スアレスにとって取り返しのつかない「一かみ」だった。
ただ、そんなスアレスには魅力も感じる。得点力は抜群。左ひざ手術から復帰したイングランド戦で2ゴール、大会NO1ストライカーの力を見せつけた。魂を込めて勝利のために相手ゴールに襲いかかる。狂気をはらんだプレーが、ストライカーとしての「すごみ」を感じさせるのだ。
ストライカーというポジションは特殊だ。ゴールを狙うには、驚異的な集中力と俊敏な動き、そして野性的な嗅覚が必要になる。人間的な理性より、動物的な感性-。かつて名古屋で活躍し、「ボックスの虎」と呼ばれた元日本代表FWの森山泰行は「野性のカン」を磨くために自宅で両手両足にスリッパを履き、4足歩行で生活していたことがあった。「目線を低くして動物の感覚になれば、人間離れした動きができるんじゃないか」というわけだ。
イタリアのバロテリも、イングランドのルーニーも「問題児」と言われる。過去にも多くの世界的ストライカーの奇行や愚行が、世間を騒がせてきた。DFなど守備的なポジションでは命取りとなるような奔放なプレーも、最前線では武器になる。優秀なストライカーほど、時に人間技とは思えないプレーをする。
残念ながら、今大会の日本代表は全員が「普通の人間」だった。もちろん、スアレスのような選手ばかりではチームとして機能しないが、優等生ばかり並べても「違い」は生まれない。「うまいチーム」であっても、一定レベルから先には行けない。本当に「強いチーム」にはなれないような気がする。規格外のプレーと常軌を逸した行動は、実は紙一重なのかもしれない。