◆WEB企画
OGGIの「毎日がW杯」
荻島弘一(おぎしま・ひろかず):1960年(昭35)東京都出身。84年に入社し、スポーツ部勤務。五輪、サッカーなどを担当して96年からデスク。出版社編集長を経て05年から編集委員として現場取材に戻る。
ファンハール采配↑評価は金色のおちん○ん
最後は「力づく」で、ねじ伏せた。オランダが後半ロスタイムの劇的なPKでメキシコに逆転勝ち。ファンハール監督が次々と選手を投入し、システムを変更しながら勝ちきった。メキシコも好チームですばらしいサッカーをしたが、終わってみればオランダの「強さ」ばかりが際立った。
それにしても、ファンハール采配は見事だった。5バックでスタートし、省エネで前半を乗り切った。後半の失点でギアチェンジ。DFの枚数を減らして3トップで押し込む。さらに給水タイム後にはエースのファンペルシーに代えて長身のフンテラールを投入。パワープレーに切り替え、強引に2点をもぎとった。
かつては、クライフの提唱する「勝つことよりも、美しいこと」が、オランダサッカーの持ち味だった。3トップでピッチを広く使い、ダイナミックに攻め続けるスタイル。たとえ敗れても「こちらの方が攻めていた」「美しく負けた」ということで、オランダ国民は納得していた。
ファンハール監督は、そんなオランダに「勝利する哲学」を植え付けた。「理想」よりも「現実」。そして「美しく負ける」ことよりも「ぶざまでも勝つ」ことを優先した。1次リーグのスペイン戦から続く5バックも「守備的すぎる」と批判された。攻撃に人数をかけず「つまらない」とも言われた。しかし、同監督は考えを曲げなかった。
当初はファンハール監督の采配に懐疑的だったオランダ国民も、勝ち進むにつれて理解を示してきたという。日刊スポーツのエリーヌ・スウェーブルス通信員は「勝っているから、みんな応援している。負けたら批判が出るかもしれないけれど」と話した。
ファンハール監督との不仲が有名なクライフも、試合後に「最後の20分は素晴らしかった。カイトは最高の選手。オランダ代表はすばらしい」と絶賛。前半の5バックシステムや、ファンハール監督個人については言及していないが、とりあえず勝ち進んでいることは喜んでいる。やはり、勝てばうれしいのだ。
ファンハール監督は今、オランダ国内で「Golden pik」と呼ばれている。和訳すると「金色のおちん○ん」。采配がピタリとあたり、何をやってもうまくいく様子を表した言葉で、オランダでは最高の褒め言葉。日本的に言うと「持っている」ということか。劇的な逆転勝ちをしたことで、ファンハール株は世界的に上がっている。
参加32カ国中でもトップレベルの体格で、小柄なメキシコを撃破した。疲れて足が止まった相手に、容赦なく襲いかかった攻撃陣。「何が何でも勝つ」強い意志は、これまでオランダに見えなかったもの。まるで「最後に勝つ」ドイツのようだ。オランダが最も変わったのは、システムや戦術ではなく、代表選手の、そして国民の勝利へのメンタリティーかもしれない。
「Golden pik」に率いられた「オレンジ軍団」の進撃は、まだ続きそうだ。合理的で現実的なファンハール采配は、気候や移動など選手への負担が大きい今大会でこそ力を発揮する。「強いものが勝つのではない。勝ったものが強いのだ」。西ドイツの皇帝ベッケンバウアーが、W杯でクライフのオランダを破って吐いた言葉。もしオランダがW杯初優勝を果たしたら、その言葉がファンハール監督の口から出てくるかもしれない。