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OGGIの「毎日がW杯」
荻島弘一(おぎしま・ひろかず):1960年(昭35)東京都出身。84年に入社し、スポーツ部勤務。五輪、サッカーなどを担当して96年からデスク。出版社編集長を経て05年から編集委員として現場取材に戻る。
「ネイマールの大会」に突然の空虚感
ドイツとブラジル、W杯が最も似合う「2強」が、圧倒的な力を見せて準決勝に進出した。ドイツのベスト4入りは実に13回目、ブラジルは11回目。ブラジル大会で20回目を迎える大会で、両国は5割以上の確率で4強に進んでいる。「常連」の名前があるのは、落ち着く。フランスやコロンビアには申し訳ないが、W杯「らしい」大会になる。
そんな大会の「安心感」を吹き飛ばす「事件」が、ブラジル-コロンビア戦の後半43分に起きた。ブラジル代表のエース、ネイマールの負傷だ。相手エリアでパスを受けようとした時、後方からマークにきたDFスニガのひざが背中に入った。
主審はブラジルのアドバンテージを見てプレーを流したが、ネイマールはピッチに倒れたまま。背中を左手で押さえながら激痛にもん絶した。タンカに乗せられて交代し、そのまま近くの病院に直行。腰椎骨折の重症で、準決勝以降の出場が絶望となった。
ブラジルにとって、いや大会にとってショックな出来事だ。ここまで4ゴールと、攻撃陣の調子が上がらないチームを1人で引っ張ってきた。このまま地元優勝すれば、間違いなく「ネイマールの大会」となるはずだった。
決して調子はよくなかった。この日もコロンビアDFにドリブルを止められ、シュートも大きく枠を外した。それでも前半7分にCKからDFチアゴシウバの先制点をアシスト。存在感は抜群だった。しかし、初めて挑んだW杯は予期せぬ形で終わってしまった。
ネイマールを負傷させたコロンビアのスニガは「故意ではない。普通のプレーだった」とコメントした。もちろん、意図的ではないだろうが、ブラジルのスコラリ監督は「彼はいつも狙われていた」。エースが常に危険な状況にあったことを口にした。
チリ戦の後、壮絶なPK戦を勝ち上がったネイマールはピッチ上で人目もはばからず泣いた。重すぎる2億国民の期待を背負い、それを克服したからこその涙だった。ベスト4進出で頂点まであと2つ。しかし、自らの力をブラジルのために使うことができなくなってしまった。
「22歳の背番号10対決」で注目された準々決勝。コロンビアのロドリゲスはPKで1得点し、得点ランキングトップの通算6ゴールとしたが敗退。涙で大会を去った。そして、ブラジルのネイマールも試合には勝ったものの負傷というアクシデントで大会を終えた。
ブラジルやドイツといったチームがW杯に不可欠なのと同じように、大会にはスター選手が必要。ネイマール不在の大会は、あまりにも寂しい。
ドイツが「らしく」勝った後で、ブラジルは「らしくなく」勝った。創造的で芸術的な攻撃は見えず、セットプレーから力づくの2得点。相手の長所ロドリゲスを徹底的に消すサッカーは、美しいブラジルではなかった(ブラジル国民は勝てば満足なのだろうが)。
だからこそ、準決勝以降でネイマールを中心とした華麗なサッカーを見たかった。ドイツの現実的で強固な守備を芸術的な攻撃で崩してほしかった。しかし、力任せのフッキと体のキレがないオスカルでは、それも難しいかもしれない。
エースを欠いて、チームが強さを増すこともある。62年大会では、相手の厳しい守りでペレが負傷させられたブラジルが、優勝を果たしている。ただ、優勝したとしても、そのピッチにネイマールはいない。あまりに大きい空虚感。それほど、その存在は大きかったということだ。