◆紙面企画
W杯のツボ
試合のプレー、珍プレーなどの出来事を掘り下げて検証する企画。南アフリカW杯の「スーパープレー、お宝発掘」をリニューアルし、スーパープ レーや勝負のあやに迫ります。
メッシ走らずに120分を1秒決着
<W杯:アルゼンチン1-0スイス>◇決勝トーナメント1回戦◇1日◇サンパウロ
アルゼンチンがスイスとの延長戦を1-0と制し、3大会連続のベスト8進出となった。頼れるエース、FWリオネル・メッシ(27=バルセロナ)がドリブル突破から決勝点をアシストし、4試合連続のマン・オブ・ザ・マッチに輝いた。あえて走らず勝負どころを見極めるスタイルは、86年メキシコ大会優勝のマラドーナさながら。28年ぶりの戴冠へ、勝負に徹する新「神の子」の姿を読み解く。
ボールの行方を目で追っていたFWメッシが、一瞬でスイッチをオンにした。PK戦に突入するかと思われた延長後半13分、スイスDFからボールを奪ったFWパラシオからパスを受け、前を向いた。ゴール前まで約35メートル、ドリブルしながら全力疾走。相手のスライディングをジャンプで軽やかにかわし、突き進む。DF3人を引きつけながら、右サイドでフリーのMFディマリアへすかさずパス。決勝点をアシストした。
「時間が経過してPK戦には持ち込まれたくなかった。苦しんで苦しんで最後は僕らに運が味方した」。06年ドイツ大会の準々決勝ドイツ戦、1-1のままPK戦で敗退。メッシは出場機会がなく、ベンチから見た悪夢を思い出したのかもしれない。土壇場でみせたカミソリのような切れ味。敵将ヒッツフェルト監督は「メッシは1秒あれば試合を決められる」と脱帽した。
今大会のメッシは走らない。前線で歩く姿が目立ち、ボールを追うことも少ない。走行距離はチーム平均1万3157・5メートルに対し、メッシは1万701メートルと約2500メートルの差だ。走らない裏には何があるのか-。今季は試合中に嘔吐(おうと)するなど、W杯前から体調面は不安視されていた。この日も延長戦前にはアイスボックスに座って休憩。同ハーフタイムには腰を折って両膝に手をつくなど疲労の色は濃かった。
その一方で見えてくるのは勝負師ゆえの姿だ。あえて体力を温存することで、勝負どころを見逃さない。86年のマラドーナも同様に動かず、天才的な勝負勘を発揮した。例えば準々決勝のイングランド戦。5人抜きゴールを決めた2-0からの約30分間は、1度しかボールに触っていない。気温30度という炎天下を考え、次の状況に備えた。そして1点を返されるや、すぐさまスイッチをオンに切り替え、相手の反撃を断ち切るため3点目を奪いにかかった。
今回のブラジルも高温多湿の厳しい気象条件が敵となる。オフをつくりつつ、1度オンになれば必ずチャンスを作ることが求められる。サベラ監督も「当時のマラドーナは、非常に重要な選手だった。今はメッシが、そういう選手だ」と期待。それを証明するかのように、今大会は4試合で4得点1アシストと結果を出している。
試合後、メッシは自身のインスタグラムを更新し、ディマリアとラベッシの3ショットを公開。「次へ向けた大きな1歩だ」と喜んだ。「神の子」をほうふつさせるスタイルで、アルゼンチン28年ぶりの優勝も現実味を帯びてきた。