【イチロー大相撲〈36〉】「自分色になった」と師匠が絶賛する押尾川部屋のこだわりとは?

押尾川部屋を大解剖します。

これまで、のべ60部屋以上の稽古場を見てきた筆者が、土俵まわりだけでなく風呂場やちゃんこ場までを手書きイラストで解説します。

元関脇豪風の押尾川親方には、力士に配慮した稽古場の構造、部屋運営の実情、力士への思いなどを聞きました。

大相撲

親方の個性が出る相撲部屋

相撲部屋は、特殊な建物だ。

屋内に土俵がある。

体の大きな男たちが大部屋で生活している。関取になると、個室が与えられる。

大人数の食事を作るちゃんこ場がある。

師匠の家族も同じ建物で暮らしている。

稽古見学者など、来客の出入りが多い。

東京での本場所は両国国技館で行われるため、国技館に近い方が便利だ。ただし、近いほど土地の価格は高く、郊外ほど広さを確保しやすい。

師匠の考え一つで、相撲部屋の造りは個性がにじみ出る。

2022年2月に独立が決まった元関脇豪風の押尾川部屋は、東京都墨田区文花にある。スカイツリーが近く、東武亀戸線小村井駅から徒歩7分。東京で本場所がある時、力士たちは部屋の目の前のバス停からJR錦糸町駅に出る。総武線に乗れば、1駅で両国だ。アクセスは良い。

6階建ての建物に、1~3階まで押尾川部屋が入居。2~4階はシェアハウス、5、6階はワンルームマンションになっている。住民と交流する機会をつくるなど、これまでの相撲部屋にはあまりない「仕掛け」がある。

稽古場チェック

ある日の朝稽古後、稽古場がある1階のフロアを隅々まで見せてもらった。

まず気づくのは、稽古場の土俵の外が、比較的広いこと。

土俵の大きさは、直径15尺(4.55メートル)で本場所と同じ。土俵の外にスペースがあると、力士はすり足をしたり、基礎トレーニングをしたり、有効に使うことができる。

限りある土地をいかに使うか。土俵の外側をどれだけ確保するか。10センチ単位のせめぎ合いに、師匠の考えが表れる。土俵周りを広くすれば、ほかの何かを削らないといけない。

稽古をして、風呂に入り、ちゃんこも食べて、日常生活も送る。すべてを成り立たせる相撲部屋の造りは奥が深い。

上がり座敷の下には、収納スペースがあった。こういう細かなところにも意図がある。

外国からの見学者と記念撮影する力士たち

外国からの見学者と記念撮影する力士たち

稽古見学には、外国人観光客を受け入れていた。見学者は、来客用の玄関から入り、上がり座敷で稽古を見る。来客の導線と、力士の導線は交わらないので、互いがストレスなく動ける。

力士の稽古後の導線も完璧だ。稽古場→風呂場→脱衣所→ちゃんこを食べる上がり座敷と、土俵の土が生活空間に入らないような配慮がなされている。

師匠がこだわり抜いた押尾川部屋

細部にまでこだわって部屋をつくった押尾川親方に聞いた。

―スカイツリーや国技館が近く、とてもいい立地です。ここにたどり着くまでは大変だったのではないですか

押尾川親方 1日中、不動産屋をまわって、携帯サイトを見て、いろんな人に会って…。めちゃめちゃ探しまくってました。とにかく自分のモットーは、会社=両国国技館に近いのが一番だと思っていました。それにはすごいこだわりました。

部屋を建てる場所で記念撮影をする押尾川親方(2021年4月撮影、押尾川親方提供)

部屋を建てる場所で記念撮影をする押尾川親方(2021年4月撮影、押尾川親方提供)

―多くの親方が国技館に近いところを探しますが、なかなか見つからないと聞きます

押尾川親方 正直、もうないです。ないんですけど、1パーセントでも可能性があると信じて動きました。いろんな人を通じて、たどり着いた土地です。

―土俵の俵の外を広く取っていますね

押尾川親方 それはめっちゃ考えましたよ。気づいてくれました? 本当はもっと広かったんですよ。でも、ほかの稽古場を見に行った時、土俵の外が広くても、すり足をするのは1人。その半分の広さでも1人。だったら、これで十分だなと。

そこに通路を作ることで、稽古見学の人が出入りできるようにしました。そうすると、来客用の玄関から出入りできる。もともとは、見学の人も、力士も同じ玄関から出入りする予定だったんです。それを変えました。すごく考えました。

通路は何回も歩いてみて、柱の出っ張りはどのくらいになるのかも考えて決めました。

もともと、ちゃんこ場はもっと広い予定だったんです。でも、ちゃんこを作る中心となる人は2、3人。あとは運んだりする人になる。そう考えると、そこまで広くなくていい。

風呂場ももっと広かったんです。でも、5人くらい入れる大きい浴槽があったとしても、同時に5人は入らない。番付の差もありますし、気を遣い合ったりするので、3人が入れれば十分。その分、土俵の外と上がり座敷を広くしました。

テッポウ柱の左の出入り口から見学客が入ってくる。左側の上がり座敷が、押尾川親方の言う「通路」

テッポウ柱の左の出入り口から見学客が入ってくる。左側の上がり座敷が、押尾川親方の言う「通路」

―ほかの稽古場は、どこを参考にしましたか

押尾川親方 自分が育った尾車部屋、鳴戸部屋、浅香山部屋、九重部屋です。新しい部屋を見に行きました。なぜかというと、消防法や、建築に関する法律が、20~30年前とは違うこともあるので。

設計をしてくれた方は、あまり相撲部屋のことは分からない。自分は建築のことは分からない。だから、1つ1つ、意見を言って、最終的にはお互いがめっちゃ勉強になりました。自分色の部屋になりましたね。

―ほかにこだわりはありますか

押尾川親方 1階の天井は高くしました。稽古場にエアコンを入れていますが、土俵の上にエアコンがあるのは、自分の中で何か引っかかるものがあったので、ずらしました。エアコンは上がり座敷の上に設置してあります。そのかわり、馬力のあるエアコンです。

大部屋がある2階の廊下やトイレは、センサーライトにしてます。力士が動けば電気がつく。電気のつけっぱなしを防ぐためです。1階の風呂場も、電気をつけたままにしておくと時間がたてば自動的に消えます。

(押尾川親方の師匠の)尾車親方(元大関琴風)は、午後になると1階に降りてきて、電気を消しているのをみていましたから。アバウトな力士もいますからね。

―2階が大部屋なんですね。3階が親方の自宅で、関取の個室はどこですか

押尾川親方 2階にあるんですね。2階が大部屋と個室が2つ。

この先に稽古場のイラストがあります

本文残り70% (5787文字/8222文字)

スポーツ

佐々木一郎Ichiro Sasaki

Chiba

1996年入社。2023年11月から、日刊スポーツ・プレミアムの3代目編集長。これまでオリンピック、サッカー、大相撲などの取材を担当してきました。 X(旧ツイッター)のアカウント@ichiro_SUMOで、大相撲情報を発信中。著書に「稽古場物語」「関取になれなかった男たち」(いずれもベースボール・マガジン社)があります。