【本田ルーカス剛史〈下〉】「自分を追い詰めていた」引退もよぎった先に開けたペア挑戦
日刊スポーツ・プレミアムでは毎週月曜に「氷現者」と題し、フィギュアスケートに関わる人物のルーツや思いに迫っています。
シリーズ第29弾では、本田ルーカス剛史(21=木下アカデミー)を描きます。昨春同アカデミー所属の清水咲衣とペアを結成し、今年3月2日に閉幕した世界ジュニア選手権にも出場。シングルとの二刀流は今季限りで、今後はペアで世界を狙っていきます。
全3回の下編では、よぎった引退をはねのけてペア挑戦を決断した背景、そして、2023年12月に迎えたシングル最後の舞台を振り返ります。(敬称略)
フィギュア
「悔しい気持ちと、情けない気持ちと」
フィンランド湾に面する、バルト三国のひとつ、エストニア。赤い屋根が連なり、その間では、尖塔がちょこんと腰を下ろしている。スタジオジブリの名作「魔女の宅急便」のモデルになった町のひとつとも言われており、おとぎ話の世界に迷い込んだかのような、中世にタイムスリップしたかのような、そんな町並みが広がる。
自然も豊かな美しい町だが、本田の中ではグレーがかった画として記憶の中に収められている。
2022年4月。エストニアの首都タリンを舞台に、世界ジュニア選手権は行われた。2年前に新型コロナウイルス感染症の影響で中止となり、出場がかなわなかった舞台。ようやく、本田の元に、その貴重な切符が与えられた。
本来なら歓喜の場面のはず。だが、当時は複雑な気持ちだった。
「自分で手にした切符ではないので。あまり調子も上がらなかったので、悔しい気持ちと、情けない気持ちとがありました」
もともとは、2019年ジュニアグランプリ(GP)ファイナルを制した佐藤駿が代表に選出されていたが、その佐藤が左肩故障の影響で辞退。そこで、補欠枠に入っていた本田に切符が回ってきた。
「世界ジュニアあるよ」
そう、コーチの浜田美栄から伝えられたのは、大会の約1カ月前。
補欠ではあったが、突然舞い降りてきたような話。新しい靴に替えて調整していたタイミングということもあって、自信を持って臨める状態ではなかった。
ただ、本番はこちらの都合を与せずやってくる。
2022年4月17日。男子フリー。静寂をそっと破るように、ベースを弾く音が響く。けだるい雰囲気が漂う「Blues For Klook/Prophet」。緊張の面持ち。枠取りの重圧もある。悪いイメージを振り払うように気持ちを整えてスタートしたが、冒頭でトリプルアクセル(3回転半)を2連続でミス。納得のいく演技はできず、フリー123.82点の合計196.83点となった。イリア・マリニン(米国)が4回転ジャンプ4本の構成を演じ切ってダントツの合計276.11点で優勝する傍ら、初舞台を14位で終えた本田はひとり肩を落とした。
「もっとこうありたかったなと思うような、いい状態で来たかったなと思う大会でした」
後悔というべきか。何ともネガティブな思いが胸に押し寄せた。
頭の中に浮かんだ「引退」の文字
世界ジュニア選手権を終えたと同時に2021-2022年シーズンの競技会を全て終えた本田は、一息ついて自身の内側に目を向けた。すると、モヤモヤとした何かが顔を覗かせた。つかめない何か。その塊を少しずつ解きほぐしていくと、何とも競技への思いが変わってきていることに気がついた。
「最初スケートを始めた頃は、純粋にスケートを滑るのが好きという思いで練習していたんですけど。でも、やっぱりあるときから『成績を残さないと』という気持ちが強くなって。『成績を残さないと、やっている意味がない』というぐらいに思っていたので。そういうふうに自分で自分を追い詰めていたら、スケートを楽しくてやっているのか、成績を残すためにやってるのかがちょっとわからなくなってきてしまっていました」
子どもの頃に夢見た「JAPAN」ジャージー。トップ選手にしか与えられない、その特別なジャージーに身を包んで国際大会出場も果たした。それなのに、その場を楽しめず、重圧に押しつぶされそうになってしまった。
何のために、スケートをするのか―。悩みはまた、もうひとつの悩みを連れてくる。
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大阪府泉大津市出身。2022年4月入社。
マスコミ就職を目指して大学で上京するも、卒業後、大阪に舞い戻る。同年5月からスポーツ、芸能などを取材。
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