【吉岡詩果〈下〉】国際大会銅メダル、度重なる故障…浮き沈み激しい15年間「宝物」
日刊スポーツ・プレミアムでは毎週月曜に「氷現者」と題し、フィギュアスケートに関わる人物のルーツや思いに迫っています。
シリーズ第36弾は吉岡詩果(21=アクアリンクちばSC)が登場。2018年ジュニアグランプリ(GP)シリーズ第2戦オーストリア大会で3位に入った実力者は、山梨学院大の4年生になりました。9月29日に閉幕した関東選手権では5連覇(ジュニアを含めて6連覇)を飾り、大切なシーズンを1歩ずつ進んでいます。
3回連載の最終回では世界を知ったジュニア時代、故障と向き合う日々、ラストシーズンに懸ける思いをひもときます。(敬称略)
フィギュア
コストルナヤが泣いていた
今も忘れられない光景がある。
地元千葉の植草学園大付属高に入学した2018年。ジュニアGPシリーズ第2戦オーストリア大会は、8月30日から9月1日にかけて同国北部のリンツで開かれた。ウィーン、グラーツに次ぐ第3の都市は、世界的音楽家のモーツァルトが一時期住んだとされる。
そんなドナウ河畔の美しい街に降り立ち、吉岡は生き生きとしていた。物心がつく前に家族でグアムに行ったことはあったが、この年の遠征が、ほとんど初めてといえる海外への渡航だった。
明るい曲調「Loud」のショートプログラム(SP)。小学生のころから大好きだった村上佳菜子の「ジャンピン・ジャック」のように、序盤から笑顔をはじけさせた。ルッツ-トーループの連続3回転ジャンプを着氷させると、ダブルアクセル(2回転半)、3回転フリップをまとめきった。56・11点の3位発進を、コーチの小山朋昭と喜び合った。
一転、翌日のフリーは黄色の衣装で「ミッションクレオパトラ」を優雅に舞い、大きなミスなく7つのジャンプを降りきった。フリーも3位の113・71点で、合計169・82点。ジュニアGPデビュー戦で銅メダルをつかみ取った。
「まさか表彰台に乗るとは思っていなかったので『本当に運が良かった』という感覚です」
GP2戦目は約1カ月後、第5戦のチェコ大会だった。リンツ同様に芸術と結び付きが強いオストラバで、6位に入った。合計175・19点はチェコ大会からの成長を示した。出場した2大会を制したのが、のちに一時代を築くロシアのアリョーナ・コストルナヤ。15歳になったばかりの少女は、SPでダブルアクセルが認定されずに0点。それでも70・24点の首位発進と格の違いを見せつけていた。
「すごく覚えているのは、コストルナヤ選手が泣きながら更衣室に入ってきて…。すごい点数が出ているし『あんなに上手なのに…』と驚いたのを覚えています」
「滑ることって、こんなに楽しいんだ」
そんなジュニア3季目は、シーズン当初から驚きの連続だった。
「それまで、そんな選考会があるということも知りませんでした…」
高校への入学で慌ただしかった春が過ぎ、夏前に中京大で開かれたジュニアGPシリーズの選考会に参加した。前年に全日本ジュニア選手権を経験し、また1つ階段を上った。
選考結果も予想外だった。8月にタイ・バンコクで行われるアジアン・オープントロフィー、ジュニアGPシリーズへの出場権を獲得。日本スケート連盟の強化選手Bに名を連ねた。
週末にはナショナルトレーニングセンターの中京大で練習が許された。
「みんな、私が見たことがないぐらい曲かけの練習をやっていて…」
拠点の千葉では1回45分間の貸し切り練習中に順番を回し、曲が1回かかる程度。中京大では周囲の強化選手が、ステップの1部分でも繰り返し曲をかけていた。
「フリーでノーミスしても、またフリーをかけている選手がいたり。『みんなこんなにやっているんだ…』って思いました。ずっと周りを知らずにスケートをしてきたので『すごいな』と驚きました。自分も曲かけがたくさんできて、うれしかったのもありました」
ジュニアGPシリーズ転戦後、全日本ジュニア選手権で15位。国内外で経験を積みながらも2年連続で同じ順位となり、スケーティングへの向上心が芽生えた。千葉を拠点としつつ、振り付けを担当していた岩本英嗣を訪ねて山梨へも足を運ぶようになった。岩本の教え子のスケーティングは音がせず「私もああいうふうに滑りたい」と思った。
「スケーティングは何を練習すればいいですか?」
自身の第一声に、岩本は驚いていた。
「詩果は(ブレードの)どこに乗って滑っているの?」
「考えたこともなかったです」
新たな環境に入ると、自然と順応し始めた。山梨では先輩スケーターの先導で、長い時は1時間半をスケーティングに費やしていた。
「『滑ることって、こんなに楽しいんだ』と感じました。自分でも『どこに乗ったら滑るんだろう?』と考えるようになりました」
周囲からの刺激で成長を続けていた最中、今度はアクシデントに見舞われた。
本文残り68% (4646文字/6799文字)
松本航Wataru Matsumoto
大学までラグビー部に所属。2013年10月に日刊スポーツ大阪本社へ入社。
プロ野球の阪神を2シーズン担当し、2015年11月から西日本の五輪競技やラグビーを担当。
2018年平昌冬季五輪(フィギュアスケートとショートトラック)、19年ラグビーW杯日本大会、21年東京五輪(マラソンなど札幌開催競技)を取材。
21年11月に東京本社へ異動し、フィギュアスケート、ラグビー、卓球、水泳などを担当。22年北京冬季五輪(フィギュアスケートやショートトラック)、23年ラグビーW杯フランス大会を取材。
身長は185センチ、体重は大学時代に届かなかった〝100キロの壁〟を突破。体形は激変したが、体脂肪率は計らないスタンス。
-
フィギュア
【三浦佳生の言葉】「まだショックが大きい」も前を向く「次は自分の日になるように」
【三浦佳生の言葉】「まだショックが大きい」も前を向く「次は自分の日になるように」 フィギュアスケート男子の三浦佳生(19…
松本航
-
フィギュア
【千葉百音の言葉】「自分はもっともっと上に行ける」その「上」が指し示す場所は
【千葉百音の言葉】「自分はもっともっと上に行ける」その「上」が指し示す場所は フィギュアスケート女子の千葉百音(木下アカ…
松本航
-
フィギュア
【ゆなすみの言葉】自己ベストで世界選手権資格ゲット「うれしくって」ガッツポーズ
【ゆなすみの言葉】自己ベストで世界選手権資格ゲット「うれしくって」ガッツポーズ フィギュアスケートでペアの「ゆなすみ」こ…
松本航
-
フィギュア
【うたまさの言葉】「100%になることはまだ…」GPデビュー戦でも変わらぬ姿勢
【うたまさの言葉】「100%になることはまだ…」GPデビュー戦でも変わらぬ姿勢 フィギュアスケートでアイスダンスの「うた…
松本航
-
フィギュア
【高橋大輔の言葉】プロデューサー自ら語る「滑走屋」の楽しみ方「上から俯瞰して…」
【高橋大輔の言葉】プロデューサー自ら語る「滑走屋」の楽しみ方「上から俯瞰して…」 プロフィギュアスケーターの高橋大輔さん…
松本航
-
フィギュア
【吉岡詩果〈下〉】国際大会銅メダル、度重なる故障…浮き沈み激しい15年間「宝物」
【吉岡詩果〈下〉】国際大会銅メダル、度重なる故障…浮き沈み激しい15年間「宝物」 日刊スポーツ・プレミアムでは毎週月曜に…
松本航
-
フィギュア
【吉岡詩果〈中〉】「ビリになるんじゃ…」黙々と繰り返した練習と“黄金世代”の刺激
【吉岡詩果〈中〉】「ビリになるんじゃ…」黙々と繰り返した練習と“黄金世代”の刺激 日刊スポーツ・プレミアムでは毎週月曜に…
松本航
-
フィギュア
【吉岡詩果〈上〉】今季限りで現役引退 支えてくれた友と師「やがて大きな花が咲く」
【吉岡詩果〈上〉】今季限りで現役引退 支えてくれた友と師「やがて大きな花が咲く」 日刊スポーツ・プレミアムでは毎週月曜に…
松本航
-
フィギュア
【高橋大輔の言葉】独自の発想!? 多忙な日々「朝昼晩と考えないように…」
【高橋大輔の言葉】独自の発想!? 多忙な日々「朝昼晩と考えないように…」 プロフィギュアスケーターの高橋大輔さん(38)…
松本航
-
フィギュア
宇野昌磨の目線は「見る側」に 2つの“想像”が合わさる領域/担当記者・松本航コラ…
宇野昌磨の目線は「見る側」に 2つの“想像”が合わさる領域/担当記者・松本航コラム 2022年北京冬季オリンピック(五輪…
松本航
-
フィギュア
【宇野昌磨の言葉】仲間の手に書かれた自分の名前 1人じゃない・・・受け取った銀メ…
【宇野昌磨の言葉】仲間の手に書かれた自分の名前 1人じゃない・・・受け取った銀メダル 2022年北京冬季オリンピック(五…
松本航
-
ラグビー
【大学ラグビー】対抗戦開幕!帝京の連覇を止めるのは早稲田か明治か?番記者大胆予想
【大学ラグビー】対抗戦開幕!帝京の連覇を止めるのは早稲田か明治か?番記者大胆予想 大学ラグビーが幕を開ける。関東は9月7…
益子浩一、松本航
-
フィギュア
【友松春奈〈下〉】国家試験、全日本選手権、がん、結婚…「今、楽しい」/社会人の今
【友松春奈〈下〉】国家試験、全日本選手権、がん、結婚…「今、楽しい」/社会人の今 7月からフィギュアスケートの2024~…
松本航
-
フィギュア
【友松春奈〈上〉】18歳で選んだ現役引退「自分の存在がない気がした」/社会人の今
【友松春奈〈上〉】18歳で選んだ現役引退「自分の存在がない気がした」/社会人の今 7月からフィギュアスケートの2024-…
松本航
-
フィギュア
「ようやく僕たちの北京五輪が終わった」911日後のメダル授与式/現地ルポ
「ようやく僕たちの北京五輪が終わった」911日後のメダル授与式/現地ルポ 2022年北京五輪(オリンピック)フィギュアス…
松本航
-
バレーボール
【1万字超え:バレー男子の言葉】石川祐希「僕が取れなかったのが今日の結果だと思う…
【1万字超え:バレー男子の言葉】石川祐希「僕が取れなかったのが今日の結果だと思う」 日本があと1歩で4強入りを逃した。2…
木下淳、松本航、竹本穂乃加
-
バレーボール
【バレー男子の言葉】石川祐希が、初めてドイツ戦で足がつった要因を明かした
【バレー男子の言葉】石川祐希が、初めてドイツ戦で足がつった要因を明かした バレーボール男子日本代表が、2021年東京五輪…
松本航、竹本穂乃加
-
フィギュア
坂本花織とリーチ・マイケルの共通点「長所でもあり、短所」担当記者が 見る人柄
坂本花織とリーチ・マイケルの共通点「長所でもあり、短所」担当記者が 見る人柄 フィギュアスケート女子で56年ぶりの世界選…
松本航